あなたのパパよ
こうしてヴァルドは、自身のミドルネームであり、賢帝として知られる三代目皇帝の名「アルク」を名乗り、髪色を魔術でブロンドに変えた。瞳の色は、フロストのようにポーションを使うことなく、碧眼に変えている。
こうなるともう皇族であると分からないし、むしろマリアーレ王国の人間に思える。
そのヴァルドは我が家にやって来てからしばらくは、寝室で過ごす日々が続いた。これまでの疲労もあったのだろう。日中でもベッドで寝ていることが多かった。その間、ソルレン、ニージェ、私の三人で交代で看病を行った。
そんな日々の中、ドキドキでフロストにも合わせたが「ミアに似た愛らしい赤ん坊だ」とヴァルドは微笑み、自身の子供であるとは……当然だが気付いていない。かつ私の正体もバレずに済んでいる。
最初は緊張の日々だ。気付かれるのでは……という不安もある。だがヴァルドは全く気付いている様子がないので、その緊張と不安も私の中で解けて行く。
そして遂にこの日を迎える。
「永久凍土もある帝国では、氷や冬にまつわる名を持つ者がとても多い。フロストという名は、帝国の人間の名に思える。でもこの髪と瞳の色。マリアーレ王国の血筋なのだろう。なんだか不思議な気持ちになる」
初めてフロストを抱き上げたヴァルドが、しみじみそう言った時は、もういろいろな意味で心臓がバクバクだった。
ヴァルドは肩に怪我をしているのだ。抜糸するまで、重いものは持たないようにと、医師から指示を受けていた。よってヴァルドとフロストは既に対面していたが、抱っこすることはなかった。でも今回、抜糸を終えたヴァルドは、遂にフロストを抱き上げた……!
ヴァルドは髪色と瞳を、フロストは瞳の色を変えている。
でも私には、二人の本来の姿が脳裏に浮かび、胸が熱くなってしまう。
ヴァルドとフロストが初対面を果たした時は、感動よりも、「バレないだろうか」という思いの方が強かった。
でも今は違う。大きく気持ちを揺さぶられ、感無量で涙を堪えるのが大変!
フロストは無邪気にヴァルドの頬に触れ、「パァパ、パァパ」と言う。
やはりフロストは……分かるのだろうか。自分の父親が。
「そうよ、フロスト。あなたのパパよ」
喉までその言葉が出かかったが、それは呑み込む。そしてそこはソルレンが言っていた「きっと同じような年齢だから、勘違いしているようです」という説で誤魔化すことになった。
「なるほど。……未婚であり、子供はいない身だが、こんな風に声を掛けられると……。くすぐったい気持ちになるな」
そう言って微笑むヴァルドに、フロストはあの青紫色の瞳をキラキラさせキャッ、キャッと笑う。
フロストは……本当に可愛い!
そしてフロストと一緒にいるヴァルドも……可愛い……なんて言ったら怒られそうだ。
でも……優しいパパの顔に見える。
その一方で。
もしヴァルドが子供嫌いだったらという心配も少し持っていた。だがそんなことはない。フロストを見て相好を崩すその姿は……。
まさに夢の中のヴァルドそのものだった。
懸命に両手を伸ばすフロストに、自身の指を掴ませ、笑う姿は……。
スマホがあれば動画と写真撮りまくりだ。
その対面以降、フロストは度々ヴァルドの部屋を訪れている。ヴァルドに会うと、フロストがいつも以上にご機嫌なのは……気のせいなのかな。私は親子の絆だと密かに思っていたけれど。
そして「ヴァルド。フロストは本当は、あなたの子供なのよ」――そう、何度伝えたいと思ったことか。
でもそれを伝えた瞬間。
この平和な日々は激変してしまう。
フロストが、あの日の出来事で誕生した赤ん坊であるとヴァルドが知ったら……。
これまでのように、柔和な笑みで、フロストに接してくれるだろうか?
子供に罪はないと思ってくれるだろうか?
もしも。
もしもヴァルドがフロストだけではなく、私の正体も知ったら……。
私とつがい婚姻で結ばれてしまったヴァルドは、私以外の女性との間に、子供を成すことができない。
私のことは憎いし、大嫌いだろう。
それでも後継ぎは必要。そしてフロストがいるなら……。
フロストの魔力は劣るだろうが、ないわけではないと思うのだ。ならばフロストを手に入れ、未来の皇帝として育てる。でも私は不要なはず。そうなると……。
ヴァルドは常に騎士道精神に溢れ、戦時中でも女子供を手に掛けることはなかった。だが私に対しては、非情になると思う。
私の正体が分かったら、問答無用で私の命をとるかもしれない。そしてフロストだけ連れ、帝国へ戻る可能性は……ないとは言い切れない。
やはりフロストの正体も、私の正体も。
明かすことはできないと思った。






















































