企み
「皇太子ヴァルド・アルク・ノースクリスタル。帝国の未来の純潔を奪ってこい」
父親がおもむろに口にした言葉の意味が分からず、私はフリーズする。
無反応の私に父親は、一度咳払いをした。
それでも私は何も言えない。
ため息をつき、父親が口を開く。
「戦場にばかり行かせ、十八歳で婚約者もいない。これはわしの責任も大きいと思うが、ミア。『夜の儀』について、少しは学んでいるだろう?」
そこでようやく、何かが分かって来た気がする。でもまだ半信半疑の私は「は、はいっ」と打っても響かない応対をしていた。
「……まあ、王家に伝わる『夜の儀』の書物は、婚約者ができてから見るもの。下手な好奇心で余計な行動をしないようにな。だがミア、お前は一週間後。その『夜の儀』を皇太子ヴァルドと行うのだ。そして奴の純潔を奪い、皇后に収まれ」
「!? ち、父上、何をおっしゃっているのですか!? ノースクリスタル帝国の皇族は、魔力を維持するため、五つの公爵家との間でつがい婚姻を行うのが伝統。自国内は勿論、他国から嫁をもらうなど、過去一度も行っていません!」
「そうだ。だからこそだ」
「!?」
驚く私を見て、父親はニヤリと笑う。
なんだか悪者に見えてしまい、落ち着かない。
「つがい婚姻は、一度結ばれた相手以外とは、子どもを成せないというもの。それは初代皇帝の魔術による縛りとして、代々受け継がれている。つまりミア、お前に純潔を奪われたヴァルドは、世継ぎを得るため、お前を皇后に迎えるしかない。今、ノースクリスタル帝国に、皇子はヴァルドしかいない。五つの公爵家に男はいないわけではないが、既婚者や問題児しかいないと聞いている。どう考えても、次期皇帝はヴァルドだ」
「で、ですが父上、そんな方法、非道ではないですか!?」
「そんなことはない。戦争終結後、政略結婚で平和を維持するのは、この大陸での常道だ。むしろそれを頑なに拒む方が悪い。帝国の中枢に、お前が皇后として君臨する。そうなれば多くのスパイを送り込み、帝国の内情を把握することが可能になるのだ。そう簡単に戦など起こせなくなる。それにいざ戦を帝国が仕掛けてきたら、ミア、お前ならその剣聖の力を以て、皇宮で蜂起できよう。内と外から攻められれば、さすがの帝国も持つまい」
確かに牽制とスパイのため、女性の王族は、政略結婚に使われる。ある意味それで、平和が維持されるというのも事実。
「これまで他国の女を迎えたことがない帝国が、お前を皇后に迎える。これにより我が国の存在感は、この大陸で増すだろう。帝国に対する牽制になるだけではない。この大陸で我が国の地位が向上し、他国の侵略の脅威から、逃れることが可能になる」
「おっしゃりたいことはよく分かります。ですが」
「ミア。お前しかいない。ヴァルドはお前と同じで戦場を駆け抜け、十八歳だが、やはり婚約者がいない。だが百年戦争は終結した。そうなると後継ぎが話題となり、遅かれ早かれ、奴は婚約するだろう。そうなる前に、奴の純潔を奪うのだ。知っての通り一週間後、平和条約締結記念舞踏会が行われる。そこへヴァルドが来ることが決まった。本当は皇帝がくるはずだったが……。奴は戦争があるからと、後回しにしていた持病の治療を行うことになり、名代として皇太子を寄越すことになったのだ。これはチャンスなんだ、ミア!」
そう畳みかけられても、困ってしまう。
まず、ヴァルドとは刃を交える関係で、男女の関係になるなど想定していない。次に私は、そちらの経験が前世でもない。いきなり一週間後にそんなことをしろなんて、無理だ。
それにつがい婚姻という伝統を重んじているのに、純潔など奪ったら、再び戦争になるのではないか!?
「父上、ヴァルドの純潔を奪い、帝国が黙っているわけがありません! 報復で、再び戦争になりますよ!」
「それはない」
「え」