冷や汗ものの事態
なぜヴァルドは突然あの場に現れたのか?
「帝国では狩りに鷹を活用します。獲物を見つけた鷹は、居場所を主に伝えるのです。ヴァルド皇太子は強い魔力をお持ちですから、その場へ瞬時に魔術で移動したのでしょう」
そう説明を始めたのはソルレン。
彼は帝国出身であり、私の見立てでは騎士だった。そしてこの発言で、私の中でソルレンは騎士ということが確定案件となる。
「巨大イノシシは存在感があります。ヴァルド皇太子は鷹が見つけた獲物はこれだと、すぐ気づいたと思います。ですが手傷もある。別の狩人の獲物であると、分かったはずです。そのまま立ち去ろうとしたところ、偶然にもミアが狙われていることに気が付いた。ヴァルド皇太子は、ロイヤル騎士団の団長も兼任されています。崇高な騎士道精神をお持ちです。女子供を助けるのは、ごく自然なこと。ゆえに巨大イノシシを仕留めたものの、手柄の横取りをすることなく、姿を消したのではないでしょうか」
これを聞いたミーチル町長もタリオも納得だった。
タリオも納得。
実は私としては、冷や汗ものの事態になっていた。
というのも村にタリオとマリアーレクラウン騎士団がやってきて、倒された巨大イノシシの解体も進み、狩りの証となる牙も手に入った。巨大なイノシシの肉は、村に混乱をもたらしたお詫びとして、村人に提供されることになったのだ。
それならばとイノシシ肉を使った料理作りが始まり、宴をしようとなる。そしてその宴には「ぜひタリオ第二王子と、マリアーレクラウン騎士団の皆さんも参加くだされ」とミーチル村長が提案。彼らは快諾、そのまま村に一泊することも決定した。
その後、彼らは村の広場で野営の準備を進める。村人は宴ができるように、広場の一角に席を用意、日没と同時に宴がスタートした。そこで今回、何が起きたのかを改めて話し合われたわけだ。
広場の中央には盛大な焚火がたかれ、そこで今もイノシシ肉を炙る作業は続いている。その炎の温かさが届く場所に、宴の席は設けられていた。長テーブルには所狭しとイノシシ肉を使ったシチュー、炒めもの、揚げたものなどが並んでいる。さらに焼き立てのパン、フルーツ、村で作ったワインや、タリオたちが持ち込んだビールも登場。
もはや収穫祭や春の花祭りと同じぐらい賑わっている。
私は巨大イノシシに襲われかけた。その一方で、老人と少女を助けた英雄と称賛されることになった。その結果ソルレンと共に、ミーチル村長のそばに着席する事態につながる。村長のそばには、当然であるが、賓客がいた。すなわちタリオ、現在団長となったノルディクス、副団長に昇進したコスタらがいたわけだ。
眼鏡もかけ、髪色も髪型も変えていた。
バレることはない。
そう思ってもハラハラドキドキで、次々に用意されるイノシシ肉の料理の味も、よく分からない状態だった。
そしてなぜヴァルドが登場したのか。その理由も判明した。聞きたいことは分かった。長居は無用。
私はフロストの面倒を見る必要があるからと、一足先に帰ることにした。家にいるフロストは、ニージェが面倒を見てくれている。急いで家に帰る必要は、本当はなかった。
とはいえ実の弟、三年間を戦場に共に過ごしたノルディクスとコスタが目の前にいるのは……落ち着かない!
「自分も一緒に戻ります」というソルレンには「ソルレンまでいなくなったら、さすがに王族に失礼よ。それに巨大イノシシの件で、まだ話があるかもしれないでしょう。ソルレンは金物屋から一部始終を見ていたのだから、彼らの疑問に答えてあげてください」とお願いし、彼は引き続き宴に残ることになった。
こうしてようやく家に戻れる!となったと思ったら。
「村は安全かと思いますが、レディを一人で帰すわけにはいきません。家までエスコートいたします」
そう申し出たのはノルディクス! これにはソルレンが「それなら自分が!」と立ち上がりかけたが、ミーチル村長が「新婚なのは分かるが、あたしのそばにも護衛は必要だよ」と引き留められてしまう。
ソルレンに宴の席に残れとお願いしたのに。
この時の私は「ソルレン、私を送って~!」と心の中で叫んでいた。
しかしその叫びもむなしく。
私はノルディクスにエスコートされ、歩き出すことになった。
実に複雑な心境だ。
「ミア様というのですね、お名前が」
「は、はい……」
ミアという名前で即バレはしないと思う。ありがちな名前だった。しかも私が誕生し、ミアと命名されると……。
国中でミアという名前がブームになった。王宮の使用人や貴族の令嬢にも、ミアという名前は沢山いた。
「この村に来て、何年経つのですか?」
「二年程でしょうか」
「なるほど。女性で戦士の役割を担うのは、珍しいですよね」
「そ、そうですか!? 戦争も長引きましたし、護衛のために剣を習ったところ、向いていたようで……。そ、それよりも団長様は、ご結婚しているのですか!?」
普段の私なら絶対にしない“恋バナ”を振ることで、正体がバレないようにしよう。
そう思ったのだけど……。






















































