姿を消した理由
巨大イノシシを仕留めた後。
ヴァルドは槍を抜くと、その場から姿を消してしまった。
それはあまりにも突然で唐突な出来事。私は御礼の一言も伝えることができていない。なぜ急に消え去ってしまったのか。その理由は、マリアーレクラウン騎士団の登場で理解できた。
サンレモニアの森で、長らく任務についているマリアーレクラウン騎士団。彼らはこの森について熟知している。よって私の弟である第二王子のタリオがこの森で狩りをするにあたり、騎士団が随行していたのだ。
そしてあの巨大イノシシは、タリオが狙っている獲物だった。
本来あれほどの巨大イノシシは、狩場で見つけても、やり過ごす。なぜならどう考えても、あれは主だ。
この森には、イノシシ以外にも様々な獣が暮らす。それぞれの獣には、主が必ずいた。通常の寿命より長生きしている主に手を出すのはご法度。それが暗黙の了解だった。それはある種、獣への敬意でもあったのだが。
十九歳になったタリオは、この秋に婚約したばかり。どうやら婚約者にかっこいいところを見せたかったようだ。しかもこれまでタリオは、あまり狩りに積極的ではなかった。サンレモニアの森での狩りはこれが初めて。ゆえに主についての説明を受けてはいたが、いざあの巨大イノシシを目の前にすると「これを狩ることができたら英雄になれる!」と思ってしまったようだ。
矢をつがえ、命中させてしまう。
タリオは元々剣も槍も不得手で、唯一得意だったのは弓だった。得意だったが、それは完璧には程遠く。イノシシに命中したが、それは致命傷ではない。結果、巨大イノシシを怒らせてしまった。
そこからはもう巨大イノシシとタリオと騎士団での死闘となる。
騎士団としては致命傷を与え、とどめを刺し、早急に終わらせたい。だがタリオは「最後の一撃は自分の手で!」と我が儘を言う。おかげでなかなか倒せず、傷ばかり増える。巨大イノシシの怒りは頂点に到達。そして激闘の末、イノシシは村へ逃げ込んだ。
戦士は勿論、村の入口に二人いる。その他は巡回警戒をしていた。そこへ運が悪いことに、怒りがピークの巨大イノシシが現れた。とても二人の戦士でどうこうできるものではない。ゆえに鐘を鳴らし、避難を呼び掛け、仲間の戦士を集結させたわけだ。
こうして戦士は集結し、三分の二は装備を整備、現場へ急行する。残りは通常通りの警戒体制を、村全体に対し行う。するとそこへタリオ率いるマリアーレクラウン騎士団が到着。だがタリオがとどめをさす前に、私が危険な状態になってしまう。そこへヴァルドが現れたというわけだ。
ヴァルドは巨大なイノシシが、タリオ……マリアーレ王国の第二王子の獲物と分かっていた。ゆえに仕留めたものの。痕跡を残さず、また自身の獲物とアピールしないために。槍を抜き、去ったわけだ。余計な揉め事を起こしたくないと思ったからだろう。
確認した結果、サンレモニアの森には確かに帝国の皇族が来ている。すなわちヴァルドは狩りのため、この森にいたわけだ。帝都から突然魔術を使い、現れたわけではなかった。
同じ森でマリアーレ王国の第二王子と帝国の皇太子が狩りをしていた。
だが百年戦争が終結し、平和条約が締結されたとはいえ、それで完全に友好国になったわけではない。一触即発のリスクはゼロではなかった。
ゆえにお互い狩場の距離をとり、接触しないよう、最大限注意していたと思う。
それなのになぜヴァルドは、あの場に現れたのか?






















































