王命
「……キツイな」
「『キツイですわ』ですよ、王女様!」
六歳上の侍女のリカに、言葉遣いを注意されながら、明るい水色のドレスへ着替えた。
騎士団の団長時に着ている隊服も、軍服も、とても楽だった。前線に出る時は甲冑をまとうが、あれは命を守るのに必要なもの。装備と理解し、苦にならない。
でもこのドレスは……。
普段、可能な限りつぶしている胸を誇張し、ウエストを引き締め、体のラインを強調するのだ。どうしてこんなことを……と思わずにはいられない。
「まあ! やはり体がますます引き締まり、でも胸はさらに成長されましたよね? ウエストと手足はほっそり。ですがヒップはキュッとされていて。完璧ですわ、王女様」
そういうリカだって、スタイル抜群だ。
私と同じ金髪碧眼で、しかも綺麗にウェーブしている。私は前世と同じで直毛だったので、羨ましくてならない。
それに私とリカは双子のように似ていると言われるが、剣聖と言われる私と違い、リカは伯爵家の次女。私よりうんと女らしいと思う。
「髪はアップでまとめ、髪飾りで留めますね。そして見てください。こちらを」
リカが箱を開けると、そこには見たことがない、碧い宝石のついたチョーカーが収められている。
「これまでつけていたペンダントに代わり、今後はこちらをつけるように、とのことです。これまで通りの魔術に加え、脚力が強まるなど、身体的機能が強化される魔術も付与されているそうですよ」
戦場で私は男装をしていた。当然、女とバレるわけにはいかない。そこで万が一に備え、幻覚魔術、服従魔術がかけられたペンダントをつけていた。
この世界で魔術師は稀少な存在。
でも魔術を欲する者は多い。
そこで流通しているのが、魔術アイテムだ。
すなわち魔術が込められているアイテムのことだ。呪文を口にすることで、魔術が発動する仕組みになっている。私のペンダントの場合、幻覚魔術と服従魔術が発動すれば、例え裸にされても男にしか見えず、女とバレない。かつ私の言葉に絶対従うため、逃走もできる。
これだけでも十分便利なのに。
身体的な機能も強化されるなんて、最高じゃない!
「父上は粋な計らいをしてくれるな」
「王女様が、頑張られているからではないですか。呪文はコチラです」
リカは髪をアップでまとめ、チョーカーを首につけると、折り畳まれた紙を渡してくれる。そこには「Me ama」と書かれていた。
魔術アイテムの呪文はシンプルなものが多い。
そうしないとすぐに忘れるし、いざという時に思い出せないからだ。
「さあ、完成ですよ。夕食会の席へ参りましょう」
サンレモニアの森から王都までは、八時間近くかかった。早朝に出発したが、城に到着すると、すぐに入浴。その後はドレスに着替え、夕食となったのだ。
親子と言えど、相手が国王陛下となると。
きちんと身支度を整えてしか、会うことができない。
ということで完璧に着飾り、ダイニングルームへ向かう。そこには既に、兄、弟、双子の妹達が揃っている。全員、金髪碧眼で、兄と弟は濃紺のテールコートを着ている。双子の妹達は、ベビーブルーのドレスで、前世のフランス人形みたいだ。
王太子である兄カプリは、現在二十一歳。弟のタリオは十七歳、双子の妹エミリアとオリビアは、六歳。
「国王陛下夫妻、入場されます」
夫婦揃って金髪に碧眼。父親であり、国王のマクシミリは、ロイヤルブルーのテールコート姿。母親であり、王妃のアンリエットは父親に合わせ、ロイヤルブルーのドレスを着ている。
親子であり、晩餐会でもない。だが侍従長のこの言葉で、両親がダイニングルームへ入って来るのは、お決まりのこと。転生者である私は、この慣習に最初は驚いた。だがもう慣れている。
いつも通り、私達兄弟は席から立ち、二人に挨拶をする。それから着席し、夕食がスタートだ。
食事の席では、お互いの近況報告。主に私が、サンレモニアの森での成果を話すことになる。避難民が領地へ戻ることは、税金を払う領民が増えるので、父親は「よくやった」と褒めてくれた。
その後は、兄である王太子が参加した夏至祭、双子の妹達の肖像画が完成したことなど、他愛のない話が続く。
私の帰還を命じたことにつながる話題は出ていない。
こうなると、食後に話がある。
そう思ったら案の定、父親に声をかけられた。
通常であれば、別室に移動し、父親は兄と弟と話をする。だがそうはせず、私を呼び、執務室へ向かったのだ。
執務室=書斎のようなもの。マホガニー材で出来た、どっしりとした執務机。その左右には、天井までの高さの本棚が置かれ、びっしり蔵書が詰まっている。正面は窓になっており、今は濃紺のカーテンが引かれた状態だ。
「ミア、座りなさい」
執務室は訪れる重鎮達と打ち合わせができるよう、ソファセットが置かれている。ベージュの絨毯の上に、チョコレート色の革張りのソファが設置されていた。ローテーブルを挟み、父親の対面に腰を下ろす。
「ミア、お前の活躍もあり、百年戦争は無事終結した。本当に感謝している。だがノースクリスタル帝国との因縁は、まだ終わったわけではない」
そこで父親は、真っ直ぐに私を見た。
そしてこう告げた。
「皇太子ヴァルド・アルク・ノースクリスタル。帝国の未来の純潔を奪ってこい」