あの時
「……ところでソルレン。お前さん、よくまあ、坊やを見つけ出し、ミアの居場所を見つけることができたね?」
ミーチル村長に振られたソルレンは「そう、大したことではないのですが」と頭を掻く。
「あの薔薇の香りです。あんな香り、初めてでした。確かに帝国で開発されたばかりの薔薇なのでしょうね。あの香りを頼りに、ピーターのところの犬の力を借りました」
ソルレンは草むしりをしていたが、喉が渇き、リビングルームへ向かった。そこであの紫の薔薇の花束を見つけたのだ。添えられているカードを見たが、違和感を覚える。
一声かけることなく、私が家を出ることなどあり得ないと思った。フロストの姿もないし、これは何かあったと感じた。状況的に裏口から出て行ったこともすぐに分かった。そして強い香りを放つあの薔薇の香りが、追跡に役立つと考えたのだ。そこですぐにピーターの飼い犬ピピを借り、捜索を開始した。
裏口に来るまで、あの薔薇の花を抱えていたのは、従者だったのだろう。ピピは従者の居場所を先に発見した。従者は村はずれの墓地に、フロストと一緒にいたのだ。従者は剣の覚えなどなく、ソルレンが現れると一撃で倒される。すぐに戦士に連絡し、ピピに再び薔薇の匂いを追わせると、そのまま森へと入っていく。
そうしてあの私とビーシダールがいた場所に辿り着いたのだ。
「ミアの姿を見た瞬間。ビーシダールの卑劣さに、怒りが頂点に達し、危うく首を斬り落とすところでした。なんとかそこは抑制し、肝臓をえぐることで我慢しましたが……」
ボクシングでレバーブロウは、ものすごいダメージを与える。ここに損傷が加わると、その痛みは筆舌し難いものであると、聞いたことがあった。
ソルレンは確かに首を落とさなかったのだから、怒りを我慢したのだろう。でも完全には収まっていなかった。今も握りしめた拳を震わせている。
「ピーターのところの犬には、褒賞を出さないとだねぇ。しかしよく間に合った。まさに間一髪。ソルレンの脚力に脱帽だ」
ミーチル村長の言う通りだと思う。墓地と私のいた場所は、相応に距離がある。よほど迅速に動いたのだろう。
「後処理はこっちでしておくからさ、あんな悪魔のことは忘れちまいな。……夕食までまだ時間がある。休むといい。ニージェ、坊やの面倒を頼んだよ」
「はい! 勿論です」
「ソルレン、ミアのこと任せたよ」
「お任せください」
こうして解散となり、私は休息することになった。
特に眠たいというわけではないが、気が張っていた反動が出たのか、気づくと眠りに落ちている。そしてその夢の中に、ヴァルドが現れてくれたのだ。
『ミア。とても怖い目に遭って、可哀想に。どこも怪我はなかったか?』
ヴァルドはあのアイリス色の瞳を曇らせ、私をいたわるように抱きしめた。
『大丈夫です』
『どこにも……触れらなかったか?』
これにはドキッとしてしまう。そこを心配してくれるなんてと。
『ええ、大丈夫。私の全てを知っているのは、ヴァルドだけです』
『それを聞けて安心だよ、ミア』
ここは夢の中。
今、私を優しく抱きしめるヴァルドは、本物ではない。
それでも伝えたかった。
『私、あの悪魔に襲われそうになって、あなたの気持ちがよく分かったの。本当にごめんなさい。魅了魔術に操られていたとはいえ、私は、ヴァルドのことを』
そこで言葉が止まったのは、ヴァルドが私にキスをしたから。
今回もキスをしてもらえた。
それもそうか。
私の夢だから、キスもしてもらえる。
『魔術のせいだ。君は悪くない。それにどんな成り行きの結果であれ、フロストという息子を授かることができた。わたしにとって、君もフロストも宝物だよ』
『ヴァルド……!』
夢の中のヴァルドは、なんて優しいのだろう。今も慈しむように私の頭を撫でてくれている。私の理想が具現化されたヴァルドに、胸がキュンとしてしまう。現実では……こうはいかない。冷たく突き放されるだろう……。
『ミア、君が欲しい』
私の夢だから。
私が欲しい言葉を、ヴァルドは言ってくれる。
『私もヴァルドに触れて欲しい』
再び、ヴァルドの唇が私に重なる。






















































