同時でなければ
不快極まりなかった。
どうしてこれから自分を襲うとする相手に、優雅にエスコートされているのか。これでは自ら進んで、襲われに行くようなものではないか。しかも裏口から森へ向かうのでは、村人に気づいてもらえない。それこそ村の周囲を警戒する役割の、戦士の誰かに見つけてもらって……とも考えたが。
ビーシダールは何か魔術アイテムを使っているようで、離れた場所にいる従者と瞬時に連絡を取れるようなのだ。つまり村人であろうと戦士であろうと、私の様子がおかしいと気づき、助けてくれようとしても、遅いのだ。私は助かってもフロストが……。
フロストをあの従者に、一瞬でも預けたことが悔やまれた。だがそれは不可避だったとも思う。なぜならビーシダールは、良き隣人を装い、すっかり村に馴染んでいた。彼のおかげで村は外貨を獲得し、生活に役立つ魔術アイテムも入手できていたのだ。村では用意できない、舶来品のスパイスや砂糖も手に入った。
今、村中の人に、ビーシダールについてどう思うかと問えば「素晴らしい人です」というのが大半の声。でもその陰に、私と同じような犠牲者もいるはず……!
「ちなみに皆さん、わたくしと一度関係を持つと、リピートを希望してくださるんですよ。やはり旦那ではない相手との情事はスリリングで、身も心もいつもより昂るようです」
こんな言葉は無視だ。スルー。
ビーシダールが従者と連絡をとる魔術アイテムは何か。それが分かれば、即刻それを排除し、この悪魔の首をへし折ってやるのに……。
うーん、もしかすると連絡がとれないとなったら、その時はその時で、あの従者はフロストに手を出すかもしれない。
そうなると、同時じゃなきゃダメなんだ。このビーシダールを押さえるのと、従者を押さえるのが。でもそれは無理だ。
どうしてこんな悪魔を、この村に迎えてしまったのだろう?
あの日、声を掛けられた時に、この裏の顔を見抜くことができていたら……。
「この辺りでいいでしょう。ここならどれだけ声を出しても聞こえませんよ、ソフィア嬢」
それはそうだろう。
見渡す限り木しかない。しかも切り株も目立つ。
つまり一時は村でこの辺りの木を伐採したが、やり過ぎると森の力が失われる。よってここでの伐採は終わり、近づく者はない。近づいても獣ぐらいだろう。薪や炭を作るための木は、別のエリアで伐採中だ。
ため息と共に、ビーシダールと向き合うことになる。ニコニコと笑うビーシダールは、見るからに善人面をしている。普通にしていてモテるだろう。望む相手と結婚できるはずだ。侯爵家の次男なのだし。
どうしてそうしないのか?
「ソフィア嬢。あなたは本当に、表情に全てが出ますね。結婚相手なんてすぐ見つかりますよ。わたくしであれば。でも一人だけなんて、つまらないでしょう。わたくしを必要とする女性は沢山いるのです。需要と供給ですよ」
「私は別にあなたを必要としていません。需要と供給があるというのなら、需要がある方へ行けばいいではないですか」
「つれないことを言わないでください。ソフィア嬢はタイプだったんですよ、わたくしの。それにきっとあなただって、わたくしを知ったら、リピートしたくなりますよ」
「なるわけないです!」
するとビーシダールは腕組みをして、少し考え込む。
「ソルレンは、そんなに上手なのですか?」
もう耳を塞ぎたくなる。本当に最低な状況だ。
ビーシダールはサイズがどうとか下品極まりないことをブツブツ言っていたが。
「では始めましょうか。こんな外ですから、服を脱ぐのは止めておきましょう。着るのも大変ですから。服の上からでも十分、ソフィア嬢の体は感じることができると思いますし、感じさせることはできるので」
天気の話をするかのように、淡々と言われることにも頭にくる。しかも。
「それでは私に背を向け、お尻を突き出し、両手は木の幹についてください」
「な……!」
「それとも顔を見たいですか? あ、恍惚とするお顔を、わたくしに見せてくれます?」
……殺してやりたい。
「とっと済ませ、ご子息と再会したいでしょう?」
深呼吸をする。
フロストを取り戻したら、首を刎ねよう。
その体は全裸にし、獣の餌にしてやる。
「ほら、早く」
ビーシダールにくるりと木の幹の方に向けられ、両手を掴まれた。
掴まれた両手は木の幹につく形になり、腰をぐいっと持ち上げられる。
本当に今から、この悪魔に私は――。
魅了魔術に操られ、私はヴァルドの純潔を奪った。
もしかするとあの時のヴァルドは、今の私と同じ気持ちだったのかもしれない。
好敵手と認めた相手から純潔を奪われるなんて、屈辱だったはずだ。
これは……因果応報なの?
でも分かって欲しい。あの時は魔術が作用したのだ。
あんな風にヴァルドの純潔を奪うつもりはなかった。
心臓が止まりそうになる。
ビーシダールの手が、ワンピースのスカートをめくりあげ、太ももに触れた。
涙が溢れ、ヴァルドとフロストの顔が浮かぶ。
大腿を撫でるようにビーシダールの手が動いた。
嫌悪で吐き気がして、鳥肌が立つ。
――いや! 私はヴァルド以外に、触れられたくない……っ!






















































