ザ・兄貴
泉から出て、濃紺の隊服に着替え、コスタ達の所へ戻ると。
イノシシの解体が終わっている。皆、手慣れているので作業が早い。
「リヴィ団長、そろそろ森を出ましょう。日没前には天幕へ戻った方がよいかと」
そう声をかけたのは、副団長のノルディクスだ。
金髪にブルーグレーの瞳で、騎士団の中で一番背が高い。よく鍛えた体をしており、剣の腕も素晴らしいが、槍も得意。
一見すると、ノルディクスが団長にしか見えないので、戦場では私の代わりにいい的になってくれた。
そんなノルディクスに「そうだな。戻ろう」と応じ、合図を送る。コスタがすぐに周囲の騎士や兵士に声をかけ、皆、移動を始めた。サンレモニアの森の外に天幕を張っており、そこに滞在し、日中は避難民の救出活動にあたっていたのだ。
「今日はシカも二体手に入ったし、ご馳走だな」
「ああ。戦争が終わって本当に良かった。戦争中は、狩りをしている暇なんてないからな。仕掛け罠にかかる痩せた野ウサギばかりだった」
兵士のそんな声を聞きながら、森の外へ出る。すると天幕で待機していた兵や従者が、晩御飯の支度を始めている。いい香りが漂い、狩りの成果が伝わると、喜びの声が起きていた。
「団長、国王陛下から文が届いています」
天幕に戻る私に、兵士が折り畳まれた紙を渡してくれる。それは伝書鳩で届けられたものだ。
何か急ぎの要件だろうか?
小さな手紙を広げると、城への帰還が命じられている。現場は副団長に任せ、私には帰還しろというのだ。
帰還の理由は特に書かれていないので、首を傾げることになる。だが考えたところで、答えは見つからない。
「ノルディクス。父上が帰還せよとの命令だ。明朝、ここを僕は立つ。用件が済めば戻って来るつもりだが、任せてもいいか?」
「勿論です。……何か問題でも?」
ノルディクスが心配そうに私を見る。
私より五歳年上で、実の兄よりも年上のノルディクスは落ち着きもあり、頼れる人物。戦場でも常に私を気遣い、こうやって声をかけてくれる。
まさに“ザ・兄貴”だ。
「あれじゃないですか、遂に縁談話じゃないですか~」
コスタがニマニマと私を見る。兄と同い年のコスタは、年上に思えず、同級生の感覚だ。団長という立場の私には、気さくに声を掛ける。
「まさか。そんな話のために、わざわざ呼び戻すはずがない!」
「でも団長、十八歳でしょ。そろそろその年齢ですよ」
「ない、ない、ない!」「えー、どうでしょうか」
コスタとそんな会話を繰り広げるのを、ノルディクスが苦笑して見守る。
これがこの三年間。
私にとっての当たり前の景色だった。そしてこの日常は、これからも続くと思っていたが……。
百年戦争は終結した。
剣聖としての私が必要とされたのは、戦時中のこと。戦が終われば、私はただの第一王女。そして王女としての役割を求められることを……完全に失念していた。