【番外編】バカンス（22）
翌朝はカモメの鳴き声で目が覚める。
私がフロストの世話をしている間に、メラニーとケイン大公とで朝食の準備をしてくれたが……。
昨日は実にぎこちない状況が続いていたが、今の二人は……なんだか新婚の夫婦のように見える。
新妻を気遣う夫という感じで、大変仲のいい二人に思えた。
「ミア皇太子妃殿下。今日はこれから再度女神の島へ行くのですね？」
スライスしたマンゴーをナイフで切りながらケイン大公が尋ねる。
「ええ。そこでヴァルドに掛けられた呪いを解くよう交渉し、もうブルクセンの一族を求めたり、あの花を咲かせるのは止めるよう、説得するつもりです」
「フロスト皇子をお預かりし、お守りする……それはとても重要な役割であると、理解しています。ですが私もやはり一緒に行ってはダメでしょうか？ その……叔父上のことを。自分の中の区切りのためにも」
ケイン大公のいわんとすることは分かる。
自分を暗殺しようとしたが、父親代わりと慕っていた時期があるのだ。さらには本当に自身の父親である可能性も高い。その目できちんと確認し、事実を受け入れ、前へ進む。ケイン大公に必要なプロセスだった。
「分かりました。セフィーナとエストールもいます。メラニーもいるので、いざとなればすぐに離脱できるはず。四人で向かうことにしましょう」
私の言葉にケイン大公は安堵の表情になる。
こうして朝食の後。
メラニーの風の精霊の力で女神の島へ向かった。
◇
それは予想通りの景色だった。
ラグーンは恐ろしい程の美しさで、そこにつながる白い砂浜は、雪目になるぐらい輝いている。
そこに消えることなく残っているのは、白い花。そして……人の頭部の骸骨だ。
「まさかあれが叔父上……！？」
ケイン大公が驚愕するが、それで正解だろう。
女神の寵愛を受け、極上の一晩を過ごしたはずだ。
満たされて眠りつき、そのまま――。
その生命力は吸い取られ、肉体は……。
ガラスのような花びらを持つ花と、同じ運命を辿った。
つまりこの世界からは消えた。
『あ……昨日の人達ね。イオスを私のところへ連れて来てくれた人達。おかげで遂にイオスは私のものになった。もう永遠に離さないわ……。それもこれもあなた達のおかげ。あなた達はいい人間だわ。御礼をしないといけない。何か望みはある？』
声だけが聞こえた。
でもその声にあわせるかのように、白い花が揺れている。
どうやら現在、女神は魂の姿でこの世界におり、あの白い花に宿っているのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は話し始める。
「望みはあります。あなたと力がぶつかり、呪いの花をその身に受けた者がいるのです。その呪いを解いてください」
『呪いを解く……。自分自身の富や名声を求めないの？ もしや呪いを受けたのは……その子の父親？』
地上に落とされたとはいえ、女神。
どうやらフロストの魔力を感知したようだ。
「そうです。この子から父親を奪わないでください」
一瞬の沈黙。
この世界で神とは気まぐれな存在と聞く。
人間の願い。
必ず叶えてくれるわけではなかった。
『いいわ。私の望みは叶った。もう花を咲かせる必要もないから』
「！ ではあの砂州で花が咲くことも、もうないのですね！？」
『イオスに会いたかったの。二人が結ばれた時の花を咲かせていたら、また会いに来てくれると思ったのに。そこに現れるのは、イオス以外の人間ばかり。それでもイオスみたいに好きになれるかと、抱いてみたけれど……ダメだったわ。やっぱり私にはイオスだけなの』
ある意味、純粋。
だが残酷でもある。
そして恋は盲目であると実感してしまう。
ローダン元侯爵は偉丈夫。その姿は船乗りであり、船長だったイオスと似ているはず。さらに自らの土地を手に入れるため、船出したイオスの豪胆さ。自らが大公になりたいと、強欲を持ったローダン元侯爵とは……ある意味魂の在り方も似ていたのかもしれない。
それでも別人なのに。
イオスと信じ、自分のものとしたのだ。
女神は狂っている……。
――『それだけではない。きっと同じ穴の狢だからだ。大勢だろうと数名だろうと。共に我欲のために人を害している。咎人同士の共感もあったのだろう』
物理的にものすごい距離があるはずなのに。
ヴァルドと共鳴できた！
そのことに思わず笑顔になった瞬間。
『呪いは解け、約束は果たしました。今すぐ、ここから立ち去るといいでしょう。砂州だけではなく、この島も。かつて私が作り出したもの。でもそろそろ限界です。消えてなくなります』
これにはハッとして全員で顔を見合わせる。
『私はそもそも地上を永遠に彷徨う存在。私を知る者がなくなれば、私の力は失われる。この島や花、全て私の力で維持してきたもの。でも私を知る者は限りなく少なく、維持するのも限界です。それでもイオスと会うために。毎日のように咲かせていた花も、年に一度だけ咲かせ、再会を待ち続けました。そしてイオスを手に入れた今、無理して維持する必要もない。私の力で生み出したものは全て消えます』
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