【番外編】バカンス(20)
フロストを連れて向かうことに心配もあったが。
連れて行かなかったら、どれだけ苦労があったかと思う。
フロストの魔術のおかげで焚火も楽につけることができたし、魚も手に入った。それをヴァルドの時のように椅子に座り、テーブルで食べることができた。
しかも動物たちの協力で、沢山のフルーツも手に入った。
夜はもふもふの草食動物たちに包まれ、眠ることもできたのだ。
寒くはないが、朝晩は気温が下がるので、彼らがいてくれるのはヴァルドがいない状況ではとても助かる! さらに恐ろしい獣さえ、テイムできたので、夜は獣がローダン元侯爵を見張ってくれた。
こうして翌日の昼間に、あの砂州近くに到達したが……。
「マァマ、しまがないね」
「そうね。ママとパパが最後に見た時、既に種が落ちた状態だった。種が落ちたら、あの砂州は姿を消してしまったのかもしれないわ」
そうなると既にケイン大公は海に沈められた後……? それにメラニーは……?
間に合わなかったのかと焦りそうになるが……。
「島があるじゃないか。美しいラーグンも見える。あれなんだろう?」
ローダン元侯爵の大声が聞こえてきた。
焦る気持ちが込み上げたが、クールダウンできた。
ここまで一気に飛んできたのだ。
休憩も兼ね、砂州につながる島に降り立つのでいいだろう。
「セフィーナ、あの島に降りて頂戴」
こうして真っ白な砂浜に降り立ったまさにその時。
「イオス様……!」
メラニーの声が聞こえ、驚いて声の方を見ると、そこには……。
銀色のチェーンのついた手枷をつけられたケイン大公と、そのチェーンを手に持つメラニーの姿が見えた。そんなことを通常のメラニーがするわけがない。これは操られている状況だとすぐに分かった。
さらにヴァルドから聞いていたので、素早くメラニーの耳を見る。確かに片方の耳にあの日見たブラックパールのような種が見えていた。
私は抱っこ紐の中のフロストに合図を送る。
もしメラニーの耳にあの種が見えたら、フロストがテイマーの力を使い、虫を動かすことになっていた。
耳に虫を近づけ、まずは虫であの種を耳からはずすことができないかを試す。それがダメだった場合は、虫が耳の近くを飛び回る。虫に気付いたメラニー自身が耳に手を振れ、あの種がポロリと落ちることを期待していたのだ。
「イオスだと思い、連れて来てみたら……。なんだか違和感が覚えたわ。だってイオスはもっと逞しい姿をしていたはずよ。おかしいと思ったけれど、あなたが来て納得。ああ、今度こそ、私のイオスだわ。あの頃と同じね。強靭な体躯に人並外れた精神力。ずっと会いたかったのよ……!」
この言葉を聞いた私は、全ての合点がいった。
なるほど、なるほど、と。
さらに。
ケイン大公の手枷につながるチェーンを離し、メラニーがこちらへと歩いて来る。
これはまさにチャンス到来の状況!
フロストに目配せすると……。
名前は分からないが、南国らしい玉虫色の虫が飛んできた。まさにメラニーの死角を飛び、そっと耳に近づく。
「女神よ。このイオスをあなたに捧げます。代わりにそちらの不要になる男は、連れ帰らせていただいてよいでしょうか?」
「……あなた、だ」
あなたは誰?と問いたかったのだと思う。
でも丁度そこで玉虫色の虫が、メラニーの耳からブラックパールのような種を、コロンと落とした。
同時にフロストが呪文を唱える。
女神に対しては効かない魔術だが、ケイン大公と、種から解放されたメラニーにはちゃんと効いた。ケイン大公とメラニーが私達の方へ、二人がいた場所へローダン元侯爵がいる状態になった。
「メラニー、しっかりして! 今すぐ風の精霊の力で、あの男を除いた私達を、この場から離脱させて!」
「分かりました! 助けに来てくださり、ありがとうございます!」
どうやらメラニーは体を操られていたが、その間、意識がなかったわけではないようだ。
自身の置かれている状況を把握できていたようで、私達が助けに来たことも理解してくれている。
「ノト、お願い。みんなを連れ、この場から離脱させて!」
メラニーがまさに風の精霊の力を呼び出し、砂を巻き上げながら、みんなを上昇させた時。
砂浜にはあの時のように、双葉が一斉に芽を出し始めた。
碧白い月光の中で見た時は、なんだか幻想的に感じたが……。日中の明るい陽射しの中で見ると、それはなんだか禍々しく感じる。しかもどんどん本葉が生え、茎が伸びる様子も不気味でならない。
ローダン元侯爵は驚愕の表情で、自身の周囲で起きていることを眺めている。
私から離れたら心臓が止まるポーションを飲んだことも、忘れているようだ。
と言ってもそれはローダン元侯爵の逃亡を防ぐために言ったことであり、実際はそんなポーションは存在していないし、飲んだわけではないのだけど。
そこで一気に私達を取り巻く風が強くなり……ローダン元侯爵の姿は見えなくなった。