【番外編】バカンス(19)
フロストが予告した通り。
セフィーナが戻り、あの砂州に連れて行ってもらうことになった。
そのセフィーナと共に砂州へ向かうのは……。
予想外のメンバーだ。
「ヴァルド皇太子殿下はとても優秀です。殿下の魔術で叔父上は自白したのでしょう。よって手枷も足枷もないからと、油断されない方がいい。分かりましたか、叔父上?」
ルクルドにとってもローダン元侯爵は、実父かもしれないのに。ケイン大公と違い、ルクルドはかなりドライにローダン元侯爵に接していた。
でもそれは仕方ないのかもしれない。
十年以上、毒草入りのお茶を飲まされていたのだ、ローダン元侯爵から。
グレーの生地に、黒の横縞の囚人服姿のローダン元侯爵自身も。ルクルドに対しては辛辣な対応をしている。
「忌々しい奴め。何を飲ませたかと思ったら。皇太子妃から離れると、私の心臓が止まる魔術のポーションだと!? しかも皇太子妃の鼓動が止まれば、私の心臓も止まるなんて……」
「ですから皇太子妃から離れず、危害を加えなければいいのですよ。それにフロスト皇子はこの幼さですが、殿下並みに魔術を使えるとのこと。余計なことをすれば、ポーションの効果より先に、天に召されるかもしれません」
「……ふざけるな! !?」
ローダン元侯爵の口の中が、突如マシュマロで溢れた。
「おじさんことばづかいがわるい!」
フロストにそう言われたローダン元侯爵は、文句の一つも言いたいがそれは無理。かつフロストの魔術を実感し、大人しくなった。
「……本当に、ローダン元侯爵を連れて行くのが正解なのですか?」
私が問うと……。
「「正解です!」」
ルクルドとマッドが即答する。
そう、そうなのだ!
砂州にはこの罪人であるローダン元侯爵と私、フロストが向かうことになった。
てっきりルクルドが「私を連れて行ってください!」となり、マッドが「そこは自分にお任せを!」となって、二人を宥めるのに苦労するかと思ったのに。
「定員は二名。そうなると病み上がりとも言える私がついて行くのはやめた方がいいですね」
あっさりとルクルドが、自身は出向かないことを宣言した。さらに。
「ミア皇太子妃殿下はこう見えて、剣術の腕に覚えがあるのです。よって皇太子妃殿下が向かうので、問題はないでしょう。そしてあと一人は……」
そこでマッドとルクルドが目を合わせた。
二人は無言だ。
でも……何やら同じことを考えていたのか。
同時にニヤリと笑う。
フロストを抱っこしている私は「?」だった。
だが、何を考えていたのかは、ルクルドの次の一言で分かる。
「ミア皇太子妃殿下。叔父上を連れて砂州へ向かってください」
「え!?」
「定員は二名、なんですよね? ケインを連れ、戻るには席を一つ空ける必要があります。ならば叔父上を置いて、代わりにケインを乗せて戻って来てください」
これには頭の中で「?????」と疑問符が沢山浮かぶ。
だがそこで間髪を入れず、マッドがこう言い出す。
「フロスト坊ちゃんをお任せするなら、皇太子妃殿下しかいません。ゆえにフロスト坊ちゃんも連れて行ってください」
「な、マッド!」
「残念ながら魔術を使える方は、殿下かフロスト坊ちゃんしかいません。まだ幼い皇子を頼るのは……本当はダメなことです。ですが背に腹は代えられない。相手は女神です。お連れ下さい、フロスト坊ちゃんを。どの道ここに坊ちゃんが残られても。メラニーのように操られることがあれば、誰も太刀打ちできません。それに使い魔でもあるセフィーナのそばに坊ちゃんがいる方が、心強いのでは?」
これには納得でき、納得できない部分もあった。
女神の本拠地に乗り込むのにフロストを連れて行くなんてと。
その一方でマッドが言うことも理解できた。
結局。
フロストをブルクセン大公国に残しても。
そこが安全かというと……ヴァルドは身動きが出来ない。かつ沢山の兵士と騎士もいるが、魔術を使える者はいないのだ。
フロストを守るなら、私とセフィーナのそばにいる方が幾分ましなはず……。
こうしてフロストの同行が決まり、さらにはローダン元侯爵と共に、砂州へと向かうことになる。
ローダン元侯爵の同行は、必要ないのでは……と思うが、絞首刑は刑であっても命を奪うことになるのだ。ケイン大公は心が優しいし、刑の執行に積極的ではなかった。ならば恐ろしい女神のいる砂州へ置き去りにすれば、ケイン大公の心が軽くなると、ルクルドは考えたのではないかしら?
それならばこれ以上何も言えない。
しかしローダン元侯爵が、大人しくついて来るのかと思った。だがそこはマッドが存在しないポーションを彼に飲ませたと信じ込ませ、それにルクルドも協力。ローダン元侯爵は完全に二人の話を信じ、渋々ながら従った。
しかも。
セフィーナの背に乗るのは、抱っこ紐で私にしっかり結わきつけたフロストと私だけ。ローダン元侯爵は、セフィーナの足に結わきつけたロープを両手で持ちつつ、自身の腰に結わきつけ、かつ垂れ下がるロープの結び目に両足を乗せ、運ばれることになった。
この扱いにも文句の一つも言いたかっただろうが、声を出す前に口の中はジェリービーンズで溢れ、何も言えない。
こうして私達はマッドとルクルドにヴァルドを任せ、ケイン大公の救出と女神の呪いを解くため、砂州へと向かうことになった。