【番外編】バカンス(15)
ヴァルドの心臓の上で咲いている、ガラスのような花。そしてヴァルドが目覚めないこと。
この二つに何か関連があるのかと尋ねると――。
『ガラスのように透明な花びらを持つ珍しさから、これは魔術植物だとわたしは思った。実際、魔力と思われる力を感じた。でもこうやって心臓近くで咲かれ、その力を間近で知覚すると……まったく違う。魔力ではない。これは何というか……もっと根源に近い、古の力に思える。どちらかというと精霊の力に近しいもの。とにかくこんな力は初めてだ。この力により、わたしの魔力は強制的に抑え込まれている』
『でもさっき、私の手首を掴むことができたのは……?』
『魔力持ちの人間は、魔力が正常に巡ることで、体も機能する。体内の魔力の流れを制限されることで、身動きもとれず、目を開けることもできない。思考はかろうじてできているが……。これとてどうなるか分からない。さっきミアが飲ませてくれたポーションが、カンフル剤のように作用したことで、一時的に手を動かせた』
そんな……!
身動きもとれず、思考すら奪われたら……。
それは植物人間のような状態になってしまう。
心臓が嫌な鼓動を奏でている。
『ヴァルド。花が原因なら、それを消せばいいんですよね? 幻の島では触れたら淡い光となり、消えましたよね?』
『確かに島ではそうだった。だが今この花は心臓を起点に、わたしの魔力を抑え込むよう、その根を体中に張り巡らせている。目に見えるような根ではなく、目には見えない力の鎖のようなもので。もし触れてこれが急に消えたら……魔力暴走を起こしてしまうかもしれない』
『魔力暴走……?』
そこで私の脳裏に不思議な景色が広がった。
紫がかった銀髪にうっすらとアイリス色をした瞳の青年の周囲を、沢山の騎士と兵士が取り囲んでいる。皆がその青年に駆け寄ろうとした瞬間。
前世で言うならそれはものすごい火力の爆弾を一斉に爆破させたような状態。
粉塵が舞い、真っ白な煙が舞い、視界はゼロになる。
霧のような状態が続き、そこにヴァルドとイザーク……まだ若い十代前半の二人が「間に合わなかった」と言う声が聞こえた。その足元には騎士と兵士が倒れ、この爆発を起こしたであろう青年は膝から崩れ落ち、頭を抱えていた――。
『これはタイム家の傍系の男が引き起こした魔力暴走だ。共鳴によりミアにわたしの過去の記憶が見えたと思う。彼は自身が本家の人間ではなく、政治の舞台で活躍できないことに悩み、心が病んでしまった。そこからは酒浸りとなり、度々暴力沙汰の事件を起こし、ついに人殺しまでしてしまったんだ。逮捕される直前、逃走し、そして自ら魔力を暴走させ……。あの場にいた騎士や兵士は全員死亡した。周辺の建物も倒壊し、無関係の帝国民も多数亡くなっている』
『……つまり魔力暴走が起きるのは、とても危険ということですね?』
『ああ、そうだ。それにこの胸で咲いている花は魔力を抑えるなんて芸当をやって見せたが、他に何をするか分からない。触れたミアの身に何かあってはいけないだろう?』
泣くつもりはない。
でも鼻の奥がツンとして、目に涙が浮かぶ。
自身がこんな状況なのに。
ヴァルドは私の身を案じてくれた。
その事実に涙がこぼれそうになる。
『ミア、すまない。こんなことになるとは思わなかった。本来であればケイン大公を取り戻すため、動く必要があるのに……』
『ヴァルドが責任を感じる必要はありません。未知の敵に突然襲われたようなものです。考えます。これでも私は百年戦争を生き抜いたリヴィ団長ですから。ケイン大公とメラニーを見つけ、助け出す。ヴァルドの胸で咲くこのふざけた花もなんとかします!』
『ミア』
『信じてください。私は……守れない約束はしません。必ずこの状況を打開しますから』
百年戦争でピンチだった時。
ノルディクスとコスタとこんなことを話した。
――「団長、眠いです……」
――「コスタ。死んだら永遠に眠れるぞ? その代わり二度と美味しい食事も、楽しい会話もできなくなる。今、この時を耐えたら、僕が上手い料理のレストランに連れて行ってやる」
――「本当ですか!?」
――「コスタ。団長は有言実行だ。本当かと問うのは愚問だ」
泣くことは全てを諦めた時にすること。
今は泣くよりすべきことがあった。
ベッドで横たわるヴァルドの額にキスをして、その手をぎゅっと握りしめる。
『ミア! 無茶はしないで欲しい』
『分かっています。ちゃんと考えて動きますから。それにヴァルドが思考できる限り。私にストップはかけられますよね?』
ヴァルドが思考停止するまでの猶予が、どれだけかは分からない。それにきっとこの共鳴も、そもそも初代皇帝の魔術に基づくもの。魔力を抑えられているヴァルドが、そう頻繁に使えるとは思えない。
それでも。
もしもの時には使えるはず。
それまでヴァルドは温存すると思う。
『待っていてください、ヴァルド。必ず戻って来ます』
決意を胸に、私は寝室を出た。






















































