【番外編】バカンス（13）
「……皇太子殿下が怪我をされています！」
ルアンナの言葉に心臓が裏返りそうになる。
フロストも私にぎゅっと抱きつく。
ここで、パニックになってはいけない。
深呼吸を繰り返しながら、気持ちをリヴィ団長に切り替え、手をあげる。
「ミア皇太子妃殿下！」
すぐにルアンナが私に気付き、そして扉からは担架を運ぶ兵士の姿が見える。
「殿下！」
青ざめたマッドが人々をかきわけ、ヴァルドの方へと向かう。その後ろに出来た道を進みながら、冷静に思考する。
つがい婚姻による共鳴があるのだ、フロストと私には。
関知したのは衝撃のみ。
激痛などは感じていない。
……とはいえ気絶していたら、その感覚は共鳴できていない可能性はある。
現にルアンナはヴァルドが怪我をしていると言っているのに、その痛みを感じていないのだから。
……気絶するぐらい、ヴァルドは大怪我をしているかもしれない。
そこで深く呼吸をして冷静になる。
ヴァルドは教えてくれた。
使い魔は使役している術者と強いつながりを持つ。
契約を結ぶことで術者から魔力の供給も受ける。
そのつながりが絶たれるのは、契約を解除するか、術者か使い魔のどちらかがこの世を去った時だと。
でもエストールとセフィーナはちゃんと動いていた。ヴァルドからの魔力の供給は絶たれていない。
だからヴァルドは大丈夫。
怪我を負っているかもしれない。
でも命に別状はないはず。
そこでマッドが立ち止まった。
「……な、これは……！」
私はフロストを右腕で強く抱き上げ、左手を素早くドレスのポケットに入れ、ポーションを取り出す。
フロストと外で遊ぶ時。
万一の怪我に備え、ポーションを持ち歩いていた。
ヴァルドの服を探せばきっとポーションもあるだろうが、探す時間が惜しい。
すぐにポーションを飲ませたかった。
マッドが立ち尽くしていることに不安を感じるが、ここは気持ちを強く持つ。
「マァマ、ぼくもいるよ」
「フロスト……！」
ヴァルドのようなアイリス色の瞳で私を見るフロストに、勇気をもらえた。こんなに幼いフロストが泣きもせずに気丈に私を励ましてくれるのだ。
ここはしっかりしないと。
例えヴァルドがどんな姿になっていても。
目を逸らさない。
ただ……フロストはまだ幼い。
「フロスト。ママがパパの様子を確認するから。それが終わるまで、ぎゅっとしていい？ 目を閉じていてくれる？」
「いいよ、マァマ」
フロストが素直で本当によかった。
そう思いながらフロストの顔を自分の胸の方に向け、ぎゅっと抱きしめる。
そしてマッドの横に出てヴァルドを見ると……。
「えっ……」
担架で運ばれたヴァルドの体に大きな傷はない。
あちこちに擦り傷、切り傷は見えるが、致命傷はないと思う。
しかし魔術と精霊の力がぶつかり合い、三階から落下したのだ。無傷ではなかった。
ただ咄嗟のことではあるが、防御の魔術は使った。
だがそれは不完全であり、完璧にガードは出来なかったのだろう。
ドンと感じた衝撃。
それをフロストと私は感じたわけだ。
大きな怪我がないことは安心材料。
だがそれ以上にどう理解していいのか苦しむ事態が起きている。
ヴァルドは眠っているように見えるが、意識を失っていた。そしてそのヴァルドの着ていた服は、爆風でボタンなどが一部吹き飛んでおり、あの引き締まった胸が少し見えているのだけど……。
左胸。
まさに心臓の位置に、まるで透明感のある薄く碧いガラスのような花が咲いている。
そう、それはあの宝の島――幻の島で見た花だ。
それがなぜ、ヴァルドの心臓の上で咲いているの……？
「ミア皇太子妃殿下。その手にお持ちなのはポーションですよね？ でも意識を失っているので、飲ませるには……一旦、寝室へ運ぶのでいいでしょうか？」
凛としたルアンナの声に我に返る。
王国の温室で会った時とは別人と思うぐらい、ルアンナはしっかりとした口調だった。
「ええ、お願いします」と私が返事をすると、フロストが「マァマ、パァパのこと、みていい？」と尋ねる。
「いいわよ、フロスト」と私が応じると、フロストは全身を後ろに向けた。そしてやはりあのガラスのような花を見てビックリしている。
「パァパのあのおはなは、なに……？」と不思議そうに尋ねた。これに対して私は、あの幻の島で見た花であることを伝えると……。
一緒に移動しているマッドもしっかり耳を傾けている。そして私の話を聞いたフロストが尋ねた。
「パァパはそのおはなのたね、もっていたの？」
「いいえ。種を拾ったりはしていないわ」
そう答えつつ、ならばなぜあの花があんな場所で咲いているのかと、不思議になってしまう。
その一方でヴァルドの言葉を思い出す。
――「透明な花びらの花は、魔術で作られた幻影に近い」
ということは本当に心臓の上で咲いているわけではないの……？
そこで寝室に到着した。
お読みいただき、ありがとうございます！
三連休中は夜更かし更新となりましたが
明日からは21時更新で頑張ります～
