【番外編】バカンス(12)
フロストをぎゅっと抱きしめ、外を見下ろす。
「マァマ……」
私の不安を感じ、フロストも泣きそうになっている。
「大丈夫よ、フロスト。パパは最強なんだから!」
自分自身にも言い聞かせるようにしてそう言うが、声が震えてしまう。
「!」
足元の床が崩れ落ちそうになり、マッドに抱き抱えられた。
「ここにいては危険です。一旦退避しましょう。フロスト坊ちゃんもいるのですから」
「分かったわ。退避する」
マッドに背を押され、その場を離れた瞬間。
バリバリと不気味な音がしたと思ったら、さっきまでいた場所が崩壊した。
こんな風に床が落ちるなんて、尋常なことではない。
「マッド、一体何があったの!? 順を追って説明して」
「……分かりました。最初はいつも通りだったのです。殿下とケイン大公、そしてメラニーは話し合いをしていた。メラニーが旅して得た情報を元に、地図に新たな情報を書き込み、書記官はメラニーが話すことを記録して……。ところが突然、メラニーの様子がおかしくなり……」
「急におかしくなったのですか? その前後に何か兆候はなかったの?」
フロストを抱きしめ、マッドと階段を降りながら話を続ける。途中、沢山の兵とすれ違う。
「窓を開けていました。何か虫が飛んできたように思うのですが……。その直後にメラニーが、話すのを唐突に止め、どうしたのかと思ったら……」
そこでマッドは口元を手で押さえ、ため息をつく。
「メラニーは黒い瞳をしている。その白眼の部分が……いきなり黒くなり、あれはなんというかこの世ならざる者に見え……」
これにはゾクリとしてしまい、フロストも「マァマ……」と私にぎゅっと抱きつく。
「大丈夫よ、フロスト。ママがいるから。……メラニーの様子は明らかにおかしいわね。まるでそれは……」
前世で言うなら、突然、悪魔に乗り移られたみたい。
「それでメラニーはどうしたの?」
「ケイン大公の腕をいきなり掴み『見つけた』と言い出し……。その時の声も、メラニーとは別人の声でした」
「突然、別人のようになったメラニーの狙いは、ケイン大公だったのね!?」
マッドは頷く。
私はすぐに近くの警備兵に声をかけ、ローダン侯爵がどうしているのか。確認してもらうことにした。
ローダン侯爵の重ねた罪は死罪相当だった。
だがヴァルドや私がいる間に、刑の執行をケイン大公はしないつもりでいた。
というか……。
口では「叔父上ではありますが、彼がしたことを思うと、死刑しかないと思います」とは言っていたが。長らくもう一人の父親のように可愛がってもらっていたのだ。それに実父の可能性もある。たとえその本性を知っても。ケイン大公は心根が優しいから……。
心のどこかで死刑にはしたくないという気持ちもあったのではないかしら?
だが刑を執行しないことで、もしローダン侯爵が再びケイン大公を狙ったのだとしたら……。
「それでメラニーはケイン大公の腕を掴み、連れ去ったのね?」
「その通りです」
マッドの答えを聞きながら、考えることになる。
風の精霊の力を行使しているメラニーの動きは、とても速いものだった。
魔術がなければ追いつけない。
エストールとセフィーナが後を追っているのだ。
居場所を見失うことはないはず。
ケイン大公を追うのは……ヴァルドがいないと難しい。
そうなるとやはりヴァルドの安否確認が最優先だ。
頭の整理がついたので、マッドに尋ねる。
「メラニーがケイン大公を攫う際、風の精霊の力であの爆発を起こしたの?」
「風の精霊の力で爆発を起こしたというか……。あの場には殿下がいたのです。メラニーがケイン大公を連れ去ろうとしたら、当然、殿下は止めますよね?」
「そうね……。え、まさかヴァルドの魔術で!?」
マッドは首を振る。
「殿下の魔術というか……あれはメラニーの風の精霊の力と、殿下の使った魔術がぶつかりあった結果ではないかと」
「ぶつかり合うなんてこと、起きるの……?」
「殿下が使うのは魔術で、メラニーは風の精霊の力。異なる力ですから。ぶつかりあってもおかしくはないですよ。ただ……」
そこで一階に到着した。
そのまま廊下を進む。
「風の精霊の力。それはそれで強力であることに違いはない。その一方で殿下は初代皇帝と同等、もしくはそれを超える魔力の強さと言われているのです。それなのに二つの力がぶつかり合った時……。押されていた。まるで象を相手にしているアリのように……」
「ヴァルドがそんな風に押されるなんて……。つまり圧倒的な力の差、ということよね?」
マッドは認めたくないという表情で頷くが、それは私だって同じ。
精霊なのだ。
確かに強いだろうが、せめて互角なのでは!?
そこまで差が出るなんて……。
エントランスホールが見えてきた。
そこも警備兵やら騎士でごった返しているが、バンと一際大きな音がして、扉が開いた。
開いた扉から中へ入って来たのは……。
ケイン大公の妹であり、子爵夫人をしながら彼に仕えるルアンナだ。
「すぐに医師を呼んでください! もしくは帝国の方、いらっしゃいますか! 皇太子殿下が怪我をされています!」






















































