【番外編】バカンス(11)
それは、密かにあの場所からこの地までやって来た。ひっそりとその姿と力を隠して。
彼女の悲願を叶えるために。
彼女。
彼女は数多の力を使えるが、海を越える力を使うことは出来なかった。それは彼女が楽園を追放された身であるから。
怒りの主がいる場所へ近づくことは許されない。
そしてかの地は当時の航海術で行くには遠い場所。
とはいえ熟練の船長と航海士と船員がいれば話は別。
だが肝心の彼らは彼女と共にはない。
長い時間待ち。
遂にその時を得る。
ようやく見つけ出してもらえた。
慎重に。
でも大胆に。
彼女の力で動くそれは、彼を手に入れるため動き出す──。
◇
「皇太子殿下、皇太子妃殿下。ビューネ一族が一人、メラニー、お役目を果たし、帰還しました!」
これまで以上に日焼けして、こんがりした肌になったメラニーは、島々を巡り、ヴァルドへ報告するため帰還した。
「いろいろ手に入れました。珍しいフルーツ、木の実、植物。流石に生物は諦めましたが、極彩色の羽を持つ鳥、背中に苔を生やしたモンキーとか、本当に見たことのない動植物で溢れていました!」
こう言ってメラニーが見せてくれる物は、ケイン大公も初めて見る物ばかりだった。
「遠方の島々に行くのは、船を使っても大変です。しかも目指した先に、想像していた物がない可能性もあります。そうなると島を開拓するよりも、必要なものがあるなら大陸へ。商売をするなら、出稼ぎするなら、大陸を目指す──そんな流れになっていると思います」
このケイン大公の説明には納得だった。
沢山、島はある。
でもその島は未知。
到達するまでの労力と費用。
到達するまでの費用に見合う対価があるのかというと、そこは分からないのだ。そうなったら全てがあると分かっている大陸に向かうのは当然のこと。
「この島以外から来歴したと考えられるものを書き記した書物があります。さらにこの国を中心にした地図も作成しているのですが……。まだまだ完成には程遠く。メラニー殿が見聞した情報をお聞かせ頂けないだろうか」
ケイン大公の申し出にメラニーは納得。
ヴァルド、メラニー、ケイン大公の三人で執務室に籠る日が増えた。
私達が帰国する日は近づいているので、メラニーの報告は朝から晩まで続く。
本当は私もメラニーの話を聞きたかった。
でもそれではフロストがひとりぼっちになってしまう。
流石に大人が一日かがりで行う会議に、フロストが同席するのは厳しい。それに私は夜、ベッドでヴァルドからも話を聞けるのだ。
三人が執務室に籠る間は、フロストと浜辺で砂遊びをしたり、潮溜りで小さなカニを見つけたりして過ごしていた。
そうやって遊んでいた時のこと。
ドンと誰かに突き飛ばされたようになり、しゃがんでいた私は尻餅をつく。見るとそばでフロストも仰向けに転がった。
「フロスト、大丈夫!?」
慌ててフロストを抱き上げる。
砂浜にいたので、フロストも私も砂まみれになるだけで済んだ。
「「どうしましたか!?」」
リカとコスタが驚いて駆け寄る。
ただ砂浜で、砂のお城を作っていたフロストと私が唐突に同時に尻餅をつくようにして砂浜に倒れ込んだ。二人ともどうしたのかと思って当然だった。
「理由は分からないの。でもとつ……」
そこで宮殿の方に突如竜巻のようなものが現れた。
私の目線の動きを追い、リカとコスタも後方上空を見る。
「あれはメラニー!?」
私の声にコスタが応じる。
「そうですね。メラニーともう一人……あれはケイン大公!?」
そう思ったら、そこにエストールとセフィーナが現れる。
だが二羽の到着前に、竜巻のように風をまとったメラニーとケイン大公の姿は……。
「なんて速度!? ミア皇太子妃、もう南南西の20時の方向まで移動しています!」
コスタの声にその方角を見て驚くしかない。
エストールとセフィーナはものすごいスピードでその後を追っている。
「パァパ!」
抱っこしているフロストが叫び、次の瞬間に呪文を唱えている。そしてそのままも強い風を感じ、目を開けると……。
「マッド! な、何があったの!?」
「皇太子妃殿下!」
執務室があった場所──に、そこはなっていた。
つまり、屋根は吹き飛び、窓ガラスは割れ、壁も一部が壊れている状態。
「というか、マッド、あなた怪我をしているわ。誰か! 怪我人がいます!」
まるでガス爆発が起きたような状況。
そこにフロストの転移魔術でいち早く駆けつけることになっていたが、私が叫ぶまでもなく、大勢の警備兵が駆けつけている。
「マッド、動かないで」
「自分よりも殿下が」
「! ヴァルドは!?」
「もしかすると、爆風で外へ吹き飛ばされ可能性か……」
マッドは左耳から血を流しながら立ち上がる。
一方の私は「吹き飛ばされた!?」と青くなり、窓と壁があったであろう場所へ向かう。
執務室は三階にあった。
まさか三階から吹き飛ばされたの!?
砂浜で感じた衝撃。
あれはまさかヴァルドが……。
心臓が止まりそうだった。






















































