好物なのに……
ヴァルドは自身の純潔を奪われたことを恥と考え、口をつぐんでいる可能性は……ゼロではない。
でもそうであるなら、水面下で私の捜索は続けるはずだ。何せつがい婚姻は成立している。彼の子供を成すことができる女性は、この世界広しと言えど、私しかないのだ。
どれだけ憎くても、捨ておくことはできないと思う。
そう考えてしまうが、彼は憎しみを通り過ぎ、絶望し、全てを諦めてしまった……可能性はある。もう皇帝になることも、後継ぎを残すことも諦め、一線から退く。問題児を皇太子にしてくれと、言い出しているかもしれない。
もしそんな事態になっているなら……。
私はサンレモニアの村に逃れ、今のところ不自由なく、平和に暮らしていた。魅了魔術のせいとはいえ、やり逃げし、あの濃密な夜を思い出に、新たな人生をやり直している状態だった。
私だけ幸せになり、あの高潔な精神を持つヴァルドが不幸になるのは……本当に申し訳なく思う。
父親は私の失踪に肝を冷やしただろうが、ブラフの船出を信じ、そちらで捜索を念入りにしている可能性がある。しばらくしたら、ここにも捜索の手が伸びるかもしれなかった。それに王女失踪など国内外に明かしたくない。公にはせず、捜索を進めている可能性もある。
とにかくこの世界で情報を得るには、ニュースペーパーと村や町の掲示板を確認するしかない。そしてそれは、サンレモニアの村の偵察の役割を担うメンバーが行っているので、ニュースペーパーを毎日確認し、彼らがもたらす情報に耳を傾けるしかなかった。
さらに戦士の役目を担った人間として、村の周囲を警戒することで、父親とヴァルドの動きをいち早く察知するしかないだろう。
こうしてサンレモニアの村に来てから、さらに一ヵ月が経とうとしていた。
変わらず警戒をしているが、私を探しているという情報はないし、怪しい者が村に来ることはない。たまに強盗が迷い込んできて、捕えることはあったものの。みっちりお仕置きをするので、二度と姿を現すことはない。
そんな感じで平和な日々が流れていた。
この日の私の任務は、村長であるミーチルの護衛。ソルレンは役割が休み。そしてミーチル村長の孫であるハナは、お菓子作りが得意だった。今日はイチジクのタルトを焼いている。それをティータイムに出すことになり、護衛をしている私は、ご相伴にあずかることになった。
そこへソルレンが、ニュースペーパーを見るために訪ねてきた。というのは建前の話。ソルレンはミーチル村長の護衛を何度もしているので、この時間、ティータイムであることを知っていた。そしてティータイムに村長の自宅を訪れると、もれなくその日用意されたデザートを食べさせてもらえるのだ。
つまり狙って訪問している。
そう、ソルレンは甘い物が大好きだった!
見た目はノースクリスタル帝国出身らしく、ヴァルドのようにクール。それなのに実は甘党というのは、なんだか可愛らしい。
こうして村長の自宅のダイニングルームの丸テーブルには、ミーチル、ハナ、ソルレン、私が着席。ティータイムがスタートとなったのだが。
イチジクのタルトもダージリンティーも、どちらも私の好物だった。
それなのに。
「ミア、どうしたんだい!? 顔色が悪いじゃないか」
ミーチル村長の指摘に私は「そ、それが……」と言った後、猛烈な吐き気に襲われ、庭へ飛び出すことになった。
「ミア、大丈夫ですか!?」
慌てて私の後を追ったソルレンが、私の背を撫でてくれる。
「ミアさん、大丈夫!? もしかしてイチジクのタルト、苦手でした……?」
心配そうに尋ねるにハナに、そんなことはないと否定し、謝罪することになる。
「イチジクのタルト、大好物です。なんで急に……」
「……ミア。お前さんもしかしたらソルレンと、そういう関係なのかい?」
これには私とソルレンは共に「「?」」となる。
「だからさ、二人は同じ戦士の役割を担い、一つ屋根の下に暮らしている。ミアは十八歳、ソルレンは二十歳。いい年頃じゃないか。そしてミアがここへ来て一ヵ月になろうとしている。つまり二人はそういう関係になって、それでできたんじゃないかい?」
これを聞いたハナの顔が、ぱぁぁぁっと輝く。
「おばあ様、それはつまり、ソルレンとミアさんの間に、子供ができたということですね!」






















































