【番外編】海とキャンドル(20)
この日の舞踏会は、最初にヴァルドとダンスをしたものの。その後はローダン侯爵の罪の告白の報告を受けることになった。
でもバルコニー席から見下ろしても、ダンスをしている人数はわずか。
「あのローダン侯爵が……!」と、みんな激震している状態で、おしゃべりが止まらない。
とはいえこうなるのは想定内だった。
ケイン大公もそれは承知していたはずだが、お詫びの言葉を重ねる。
「帝国からわざわざ来ていただいたのに。こんな事態となり、申し訳ないです。しばらくはこの状況でしょうが、最終日までには落ち着くはず。それに明日からは公的行事はありません。叔父上の件はここまで協力いただけたのです。後はこちらで処理しますので、海を見たり、山を見たり。どうぞ国内外を自由に見て回ってください。ご案内できないのは、心苦しいのですが……。馬車や船の手配はお申し付けいただければ、すべて対応しますので」
そんな気遣いをしてくれるが、今回の件で一番いろいろな意味でメンタルにダメージを受けたのは、ケイン大公だと思うのだ。
父親であるルクセン大公を害したのは、叔父であるローダン侯爵。
母親であるララ前大公妃に手を出したのもローダン侯爵。
双子の兄の健康を害したのも……ローダン侯爵。
それにローダン侯爵の自白で明らかになったことの一つが、ルクセン大公の侍女との浮気の件。非嫡子の妹がケイン大公にいるわけだが、この浮気も裏で手を引いていたのが、ローダン侯爵だったのだ。
彼が告白したことは――。
「ララが妊娠している時、ルクセンが欲求を溜めていることに気付いた。これはチャンスだと思った。『たまには朝まで飲もう』とルクセンを誘い出し、二人して浴びるように酒を飲んだ。それでもルクセンもわたしも酒は強い。酔っ払いではあるが、あちらをできない状態ではなかった」
これだけでその後、何が起きたかの想像はつく。
「そこであの侍女を呼びつけ、ルクセンを部屋まで連れて行く手伝いをさせた。そして寝室へ運んだ後、ベッドで大の字になったルクセンを、寝間着に着替えさせようと提案し、裸にして……。あとは侍女を脅し、ルクセンとそのまま一夜を過ごすように仕向けた。そしてそれは成功したんだ」
ローゼン侯爵はなぜこんなことをしたのか。その胸の内もしっかり明かしていた。
「浮気をララが知ったら、ルクセンに愛想を尽かし、わたしに……振り向いてくれるかもしれないと思った。妊娠中に浮気の件を伝えたら、体に障るかもしれない。母子共々命を落とすようなことがあってはいけないと思った。よって出産を終え、落ち着いたらルクセンの浮気をララに話すつもりでいたが……。話す前にララは産後の肥立ちが悪かったようで、亡くなってしまった」
こうなってくるとあれもこれもがローダン侯爵が犯人ではないかと思えてしまう。
前大公妃であるララは出産後、しばらくして亡くなっている。
もしかするとローダン侯爵に襲われたララは、ショックで死を考えるようになったのではないか。
だが彼女はルクセンの大公妃として、跡継ぎを産むという大切な役割があるのだ。
ララは大公妃になるにあたり、教育を受けているはず。その中で、後継者をもうけることの大切さは教え込まれたと思うのだ。
ゆえに。
子供を産むまではちゃんと生きていようと思ったのでは?
だが実際に妊娠が判明した際、日付を逆算し、考えたはずだ。
その父親が誰であるかを。
そしてローダン侯爵がお腹に宿った命につながる可能性に気付いた時。
絶望しただろう。ララは。
それでも授かった命を無下にはできない。
生命の大切さ、跡継ぎの重要さを知るララは、とにかく出産することをまず考えたと思うのだ。
そうして誕生した双子。
嬉しかっただろう。
ルクセン大公の子供ではない可能性があったとしても。ちゃんと育てたいと思ったはずだ。愛情を注いであげたいと。
だが前世の医療水準をもってしても、双子の出産は通常より大変なこと。この世界の医療水準ではなおのことリスキーだ。
ゆえに双子の出産を終えた後、体調がなかなか戻らず、体力が低下。なんらかの病気に感染し、亡くなった――のかもしれない。
ローゼン侯爵が言う通り「ララは産後の肥立ちが悪かったようで、亡くなってしまった」ということだ。
その一方で、ローゼン侯爵が話さなくても、侍女がララに一晩の過ちの件を話した可能性がある。もし打ち明けられていたら、相当ショックだっただろう。浮気だけでもダメージを受ける。しかも相手が自身の侍女。
もしかすると出産を経て、可愛い我が子に会えても、そのダメージは収まらず、帰らぬ人になったとも考えられる。
そうなるとケイン大公にとって、母親の死に関わっているのも、ローダン侯爵になるのだ。
死に関わると言えば、ローダン侯爵は、自身の妻を過失致死で失っている。侯爵の妻はケイン大公の母親の妹なのだ。つまりは叔母にあたるわけだ。
叔母の死も、ローゼン侯爵が関わっている。
戦場に身を置いているわけではないのに。平和な、海に浮かぶ小さな島にあるブルクセン大公国において。これだけの身内の死につながる人物なんて、ローゼン侯爵ぐらいしかいないのでは?
死神もビックリに思えてしまう。
しかもケイン大公とルクルドにとって、ローゼン侯爵は血のつながった父親である可能性も高いのだ。
それなのに。
その実の父親かもしれないローゼン侯爵に、ケイン大公とルクルドは害されかけている。
これは平常心ではいられない事態だと思う。
ゆえに私の気持ちも含め、ヴァルドはケイン大公にこう伝えてくれた。
「わたし達のことを気にする必要はありません。ケイン大公こそ、あまりにも多くの衝撃的な情報を一度に知ってしまった。心のケアがケイン大公こそ、必要なのでは? わたしは戦場に出ていた経験があるため、カウンセリングができる人材を連れてきている。よければいつでも彼に相談するといい」
これを聞いたケイン大公は、「ありがとうございます……!」と瞳を震わせた。






















































