【番外編】海とキャンドル(18)
前世で読んだ犯罪心理学の本には、面白いことが書かれていた。
勿論、元は洋書。それを日本語訳しているのだから、普通に読むと大変学術的。でもそれを頭で理解し、自分の言葉で語れるようになると……。とても興味深い内容だった。
犯罪者と言えど、全員が全員、サイコパスではない。
何らかの理由で社会規範から逸脱しているが、そうなる以前は傍から見ると常識人である。
そういう人物ほど、犯罪後、罪悪感を強く感じるもの。罪を犯した自覚がある。その心理的負担たるや想像を絶するもの。
罪を犯したのだから、それだけ苦しんでも仕方ないだろうが、当事者は何とかその感情から逃げようとする。
どうやって逃げるのか?
自分の罪を告白するのだ。
洗いざらい話すことは、とんでもないカタルシスにつながる。
秘匿しなければならないことを打ち明け、緊張が緩和され、感情が解放されるのだ。自己解放の欲求と罪悪の軽減により、犯罪者は一定の満足感を得る。
そしてローダン侯爵はまさにこの状態に陥った。
自白剤……なんて仰々しい呼び名があるが、それは絶対的なものではない。この世界では。一定の成果が出ても、後は正直、カタルシスによる吐露が大きいと思う。
ということを私が知るのは、リヴィ団長として捕虜の尋問経験があるからだ。
ともかくローダン侯爵は長きに渡り、罪の意識を持ち続けた。それは重い十字架として彼の背にのしかかり、忘れることなどできないもの。
もはや罪の一部は明らかになり、地下牢にいる身。
しかも二人を害している時点で、その先は絶望しかない。
別の意味でたがが外れたローダンは侯爵は、ケイン大公、ヴァルド、私が舞踏会の場に戻った後も、告白を続けた。
一方の私達は既に夕食会が終わり、舞踏会の会場へ移動し始めた貴族達に追いつくことになる。
その舞踏会の冒頭で、ケイン大公は悲しい知らせを告げることになった。それは……ローダン侯爵が毒針事件の暗殺を指示した可能性が高いということ。
これには舞踏会に参加している貴族達を大いに驚かせたが、遅かれ早かれ、全てが明らかになる。さらにローダン侯爵の罪は複数あった。
いきなりすべての罪を公表したら、衝撃どころではなく、激震が走ることになる。
そこで小出しに情報を出し、貴族は勿論、公国民の心理的負担を分散させることにしたのだ。
かつ国のトップに近い場所でおきた、反逆とも言える出来事の印象を薄める狙いもあった。
やはりそういう出来事は、国内の不満分子や国外の領土拡大を狙うような勢力から目をつけられてしまうからだ。
そんなこともあり、舞踏会はダンスよりも皆、ローダンは侯爵について話すので大忙し。
おかげで舞踏会の会場にいながらにして、ローダン侯爵の告白を報告として受けることができた。
「そうか。自身の妻だったルルは不慮の事故。助けられる状況にありながら、助けなかったと……」
最初の報告は、ローダン侯爵の転落の第一歩となるルルの件だった。
この件について彼はこう告白したと言う。
「ルルとは初夜で終わった関係だった。それでも世間の目がある。仲のいい夫婦を演じるため、招待される晩餐会、舞踏会には顔を出すようにしていた」
あの日を思い出す顔で、ローダン侯爵はポツリ、ポツリと打ち明けたという。
「初夏のことだ。首都から少し離れた森の中の別荘に、夫婦揃って招待されたんだ。宿泊を伴う小旅行など、苦痛でしかない。長時間の馬車の移動。屋敷にいる時と違い、同室へ案内される。どう考えても息苦しくなる事態だった。だが断ると何か噂をされる。仕方なく、仮面夫婦として参加することになった」
既に別荘に着くまでの馬車の中で、二人は険悪な状態だった。
それでも何とか別荘に到着し、案内された部屋では、前室と寝室にそれぞれこもることで、なんとかお互いにクールダウンが出来た。
その後の昼食会は、招待された他の貴族達と一緒に摂ることになる。
「昼食会が終わると、別荘の近くの湖を散策しようとなった。そこでボート遊びもできるからと。その湖は、流出河川だった」
流出河川とは、湖が川とつながっており、そこに湖の水が流れ出て行く状態をさす。こういう湖では、流出口に近づかない方がいい。だが……。
「ボートにルルと乗り、そこで口論となった。他の貴族達に会話を聞かれたくないと思い、彼らと離れるようにボートを漕いでいたら……。湖と川がつながる流出口に近づいていしまった。そこは水流が強く、ボートも不安定になりやすい。慌てて方向転換しようとしたが、既に急流に乗ってしまっていた」
湖を出て、川へと出てしまい、そのことにルルから強く非難された。
「興奮したルルはボートで立ち上がり、バランスを崩し、川に落ちた。だがその川、流出口の辺りは急流だったが、そこを離れると流れるは強くない。しかもそこまで深い川ではなかった。少し頭を冷やせばいいと思い、すぐに助けなかった……」
だが女性はドレスを着ており、重ね着もしているのだ。いわば十二単で川に飛び込んだようなもの。服が水を吸い、例え浅くても溺れる事態になる。
ローダン侯爵の中で、妻であるルルを厭う気持ちがあり、救助が遅れ、彼女は……帰らぬ人になった。
お読みいただき、ありがとうございます!
昨晩は更新セット日時を間違えており、大変申し訳ございませんでした。ごめんなさい。






















































