【番外編】海とキャンドル(17)
「きっかけは……ルルの心無い一言だったのかもしれない。それには同情する。だからと言って君がルクセン大公にしたこと。彼の妻である先代大公妃にしたことは……。許されることではない」
ヴァルドがこれから何を告げようとしているのか。ケイン大公は分かっている。ローダン侯爵から視線を逸らし、そして静かに目を瞑った。
「ルルと結婚式を挙げた。もうしつこく会う度に何か言われることもないと、先代大公妃は気を許してしまったのかもしれないな。君が結婚式の翌日に訪ねてきた時。ルクセン大公は外出していた。そして先代大公妃は君と二人きりで会うことになり……。侍女を自身の護衛に追い出せ、君は……こともあろうに、先代大公妃に手を出した」
悲しい事実だ。
ローダン侯爵の初対面の印象は、豪胆で快活。
善良な人だったのに。
実態は全く違う。
ずっと想いを寄せ、でも兄嫁になった先代大公妃に手を出すなんて。
ローダン侯爵は恐ろしい裏の顔を……持っていたのだ。
ケイン大公の暗殺未遂を受け、先代大公妃はこの事実を自身の息子へ打ち明けるに至った。自身の遺した日記によって。
その日記は遺品としてケイン大公が持っていたが『もし暗殺未遂に遭ったら読むように。ここにあなたの求める答えがあるかもしれません』と日記に添えられた手紙に書かれていたのだ。真面目なケイン大公はそれを守った。
そして今回の暗殺未遂を受け、日記に目を通した。
自身の母親が信頼していた叔父に襲われた過去があった。それはとても衝撃的なことだ。しかもその叔父が暗殺に関わる……そんな未来をララは予見していた。
それはローダン侯爵の裏の顔を知っていただけではなく、ルルのこともあり、何か起きるのかもしれないと感じていた……とも考えられる。
「ケイン大公は……君の息子である可能性が高い。それは自身でも気付いていたのでは? 亡くなったルクセン大公。そして実の息子かもしれないケイン大公。さらには……先程の話からすると、早世したルル。彼女のことも君が害したのではないか?」
ヴァルドの指摘にローダン侯爵の顔はまっ青だった。
「人間というのは、社会的な生き物だ。獣とは違う。社会規範に従い、生きている。同じ人間を手に掛けない。戦時下でもなければ、それは社会の中で生きていくために、守って当然のことのはず。だが一度そのルールの輪から抜けてしまうと、まさにたがが外れた状態になる。自分のしたことを、自分自身で否定することに、心は拒否反応を示す。自分の行動を肯定することで、心のバランスをとろうとする」
ヴァルドは自身の言葉として語っているが、前世の世界では、これはまさに社会心理学で語られる理論である。
「最初に手に掛けることになったルルは、それこそ害するつもりはない事故だったのかもしれない。でも亡くなったのは事実。そしてローダン侯爵。君のたがはそこで外れたのでは? こうなったら後戻りできない。一人を害そうが、四人を害そうが、関係ないと、自分自身に言い聞かせるようになったのでは? ……亡きルクセン大公の長男が病気がちなのも、君の仕業だったりしないか? 病気に効く、毎食後に飲むようにと、ローダン侯爵。君が今も定期的に届けている薬草を煎じたお茶。甘く飲みやすいそうだが……」
私は補足するようにヴァルドの言葉に続ける。
「甘みのあるお茶に毒を混ぜ、即効性はないものの、長期間に渡り、体の不調が続くようにする。それは古来より、王族・皇族の謀殺で使われて来た技法の一つです。これまでローダン侯爵が用意したお茶だからと、毒見もなく、成分の分析もされてきませんでした。ですが現在、分析を進めています。もしも有毒であるという結果が出れば……。二人を殺害し、二人の殺害未遂という大罪を犯したことになります。ご自身がなされた罪の重さ、理解できていますか?」






















































