【番外編】海とキャンドル(16)
「……ルルとはお互いに好きで結婚したわけではない。それでも初夜を終える前まで、良き幼なじみだと思っていた。侯爵位を得て、これから幸せな家庭を築くものだと思っていた。それなのにそんなことを言われ……」
地下牢の中のローダン侯爵は、そう言って肩を落とす。
その牢の前に置かれた椅子に座るケイン大公、ヴァルド、私は、この話からいろいろ推測することになる。
「ローダン侯爵はおしどり夫婦として知られていました。ですが初夜の後に夫婦仲は破綻している。だからこそ、仲が良いと言われているのに、子供はなく、そして再婚されないのは……もしや私の母上のことが」
そこでケイン大公が言葉を詰まらせる。
それを受け、ローダン侯爵は声を絞り出す。
「すまなかった。ケインは……ララの子供だ。わたしはララが好きだった。その気持ちは今も変わらない。ゆえにケインのことは実の息子のように可愛く思えた。その一方で、わたしからララを奪ったルクセンの血も、ケインは受け継いでいる。それを思うと……。まさに可愛さ余って憎さ百倍」
「つまりケイン大公を毒殺しようとしたのは、彼が亡くなればご自身が大公になれ、かつ先代大公妃と再婚できる……と考えたからか?」
ヴァルドの問いに、ローダン侯爵は力強く頷く。
だがその姿を見たヴァルドは。
「違うな」
ヴァルドのピシャリとした一言に、ローダン侯爵はビクリと体を動かす。
「ケイン大公を毒殺し、自身が大公となり、先代大公妃を手に入れる。それは確かに今回の目的であり、ローダン侯爵が犯した罪だ。だがそれ以前の罪も話してもらわないとな」
「……な、何のことだ」
ヴァルドに問われたローダン侯爵。
その言葉に力はない。
「先代大公……ルクセン大公の最後の言葉。それはこうではなかったか? 『ローダン、貴様を許さない』と言って、彼は馬から崩れ落ちた。流れ矢を受けたと言われている。だが実際は違う。暗殺されたんだ。待ち伏せされて。彼の命を奪う矢を放ったのは、ローダン侯爵、君だろう?」
「何を言う!? 実の兄だ! 大公を手に掛けるなんて。するわけがない!」
必死の弁明に思えた。
ヴァルドは追求の手を弱めることはない。
「実の兄だ。でもずっとスペア扱いされ、欲しいものは全て彼に奪われたという気持ちが募っていたのでは!? ケイン大公の兄はその当時、病が重くなっていた。息子の滋養のために、ルクセン大公は狩りに出た。熊の肝や胆は古来から滋養強壮に効くと考えられ、薬としても利用されている。息子のために熊を狩ろうとしていた」
ヴァルドがそこまで知っていることに、ローダン侯爵は焦りを隠せない。海に浮かぶ小さな島国。そんな小国の事情を帝国の皇太子が知っているのかと、驚愕する様子が見てとれる。
「ルクセン大公の息子が一人、亡くなるかもしれない。そしてルクセン大公自身が亡くなれば、大公の地位に、自分が一気に近づくと考えたのでは?」
「そんな……ち、違う」
ローダン侯爵はヴァルドの指摘を否定するが、やはりその言葉に力はなかった。
「まさかとは思った。これだけではにわかには信じがたい。だが先代大公妃の日記を見せてもらった。そこには君のもう一つの顔が書かれていた」
そう言われたローダン侯爵の顔は一気に引きつる。






















































