【番外編】海とキャンドル(14)
晩餐会が続く中、ローダン侯爵は、大公の屋敷の地下牢に入れられた。
これで一旦、舞台の幕は下りたのだ。
フロストはマーニーに部屋へ連れ帰ってもらい、ローダン侯爵に話を聞くことになった。
ローダン侯爵の指に毒針は刺さっていない。
解毒のポーションは必要はないと説明したのだが……。
彼はこんなこと言う。
「わたしは確かに、指先に熱した針を刺されたような鋭い痛みを感じたんだ。ポーションを、ポーションを飲ませてくれ! そうすれば全て話す!」
「ローダン侯爵。先程から言っている通りだ。暗殺者が誰であるのか。暗殺のために使われた毒針が何であるのか。それを事前に察知し、銀食器は全て毒針がない物に変更した。君が触れた銀のスプーンに毒針は仕込まれていない。魔術を使い、あたかも毒針に触れたような感覚を、疑似的に体験させただけだ」
「いや、違う。あれは魔術なんかではない。確かに痛みがあった。それに今もまだ、赤く腫れている!」
脳の誤認による暗示効果。はたまたノセボ効果とでもいうのか。人間は本来ありえない反応を体に示すことがあるというが……。
「ここにいる給仕の男性。毒針に触れ、担架で医務室へ運ばれたはずだ。でもこれも演技だった。彼はわたしの帝国の騎士。この通り元気だ。それに君の駒となり、暗殺者として動いていた腹心は、そこに一緒にいる。もう全ては終わったんだ」
ローダン侯爵が入れられている牢には、実行犯である彼の腹心が先に捕らえられ、収監されていた。そのことを話しているが、ローダン侯爵は聞いていない。
「その男はこっそりポーションを飲んだのだろう? 帝国の騎士にだけポーションを飲ませるのはズルいですぞ、皇太子殿下! わたしにもポーションを飲ませてください!」
ヴァルドが繰り返し今と同じ内容を話しても、ローダン侯爵は「ポーションを飲ませろ」の一点張りだ。しかも「気分が悪くなってきた。動悸が激しい」とまで言い出す始末。
『ヴァルド。ここは何でもいいからポーションだと言って、飲ませた方がいいと思うわ』
強く想うことで、言葉として口に出さなくても。
ヴァルドには伝わった。
私と目を合わせると「分かった」というように頷く。
「今回の旅に際し、ブルクセン大公国の毒虫・毒草・有毒生物については調査済みだ。その毒を解毒するためのポーションも用意した。本来、皇族以外が飲むことはない」
そこでヴァルドは自身の着ているテールコートの内ポケットから瓶を取り出す。
透明なガラス瓶。
中には静謐さを感じる碧い色の液体が入っている。
「一気に飲み干す必要がある。飲んでしばらくすると、心拍数が上がり、全身が熱くなるかもしれない。でもそれは解毒の効果が出ている証拠だ。一時的に興奮状態になるかもしれないが、会話を続けることで次第に落ち着く。……ポーションを飲んだら、すべてを明かすのだな?」
「勿論です! 生きていればチャンスはまだある。死んだらしまいだ!」
これを聞いたケイン大公は苦々しい表情になるが、ヴァルドと目を合わせると、その白水色の瞳を頷きながら閉じる。
本当に解毒のポーションを飲ませるとは、ケイン大公も思っていないだろうし、ヴァルドもそのつもりだ。
一方のローダン侯爵は瓶を受け取り、改めて中を見ると「これだけで解毒されるのか!?」とその量の少なさに文句を言う。
「帝国一の魔力の持ち主と言われているわたしが、自ら調合したもの。文句があるなら飲まなければいい。わたしは侯爵が生きようが、死のうが、関係ない立場だ」
「叔父上、生きたいのなら、文句など言わずお飲みになっては? さすがに手遅れになりますよ。いくらポーションが素晴らしくても、死者を蘇らすことはできませんから」
ケイン大公にそう言われたローダン侯爵は「生意気な口を」と言い掛けたが、それは呑み込み、代わりにポーションを飲み込んだ。
すると今度はプラセボ効果の賜物なのか。
「……これはすごい。効いてきているぞ」
ローダン侯爵が自身の指を凝視する。
そして――。
「治った」
これにはケイン大公もヴァルドも私も。
「「「本当に?」」」と問いたくなるが、ローダン侯爵は興奮気味に「治った! 治った!」と雄叫びに近い声で絶叫している。
その様子を眺めながら、ヴァルドがケイン大公と私に伝えた。
「あれは自白剤だ」
◇
解毒のポーションと信じたローダン侯爵は、興奮状態のまま、正しい自白剤の効果が現れ、全てを自供した。
ケイン大公を害するための毒針。
それを銀製のカトラリーに仕込むよう、ローダン侯爵は自身の腹心に命じていた。そしてその毒針は、デビルスターと言われる、前世で言うならオニヒトデの仲間のようなヒトデものだった。そのデビルスターは、メデタリアン海でも南に近い、ブルクセン大公国がある島の周辺に生息していた。
デビルスターの毒針は、その星型の体に沢山ある。だが神経毒が作られ、蓄積される袋。それは体内に一つのみ。この袋を取り出す=デビルスターにとって死になる。
ローダン侯爵はこのデビルスターを手に入れると、宮殿と同等の役割を果たすケイン大公の屋敷の地下室に運び込んでいた。
代々伝わる大公の屋敷。ローダン侯爵は勝手を知り尽くしていた。さらに地下室でデビルスターの毒針と毒を取り出すことにしたのは……ケイン大公を暗殺出来た時、犯人捜査でここを発見させる。そして犯人に仕立てた人物に罪を被せる計画だったのだ。
ケイン大公は問い掛ける。
「……なぜですか、叔父上。あなたは私を実の息子のようにずっと、可愛がってくださっていたのに。どうして私を毒殺しようとしたのですか?」
問われたローダン侯爵は、自身の若かりし頃の話を始めた。






















































