【番外編】海とキャンドル(13)
「叔父上、大丈夫ですか!」
廊下に出て医務室へ向かい歩き出すと、ケイン大公がローダン侯爵に声を掛ける。
「大丈夫なわけがない! 今すぐ、神経毒に効くポーションを! ヴァルド皇太子殿下、ポーションを、ポーションをください!」
豪胆さが持ち味だったローダン侯爵だったのに。今は非常に慌てた様子でヴァルドにポーションを求める。
「ローダン侯爵、落ち着いてください。まだ何の毒かも分かっていないのです」
「だが、これを見てください。指先が赤く腫れている! これはケインと同じでしょう!」
「赤く腫れる……それはスティンガーでもクモでも。アリやムカデに咬まれてもそうなります」
冷静なヴァルドに対し、ローダン侯爵は声を荒げる。
「そ、それはそうかもしれません! ですがケインが神経毒でやられそうになった。暗殺は未遂で終わっんだ。再び、仕掛けてきた可能性がある! 毒なんて次から次に調達できない。特にこの屋敷に暗殺犯がいるなら、なおのこと新たに毒を手に入れることは難しいはず」
これにヴァルドは「なるほど」と応じる。
「確かにこの夕食会で、再び暗殺犯が毒針を仕掛けた可能性はあります。ローダン侯爵は、ケイン大公の隣の席。暗殺犯は大公の銀のカトラリーに毒針を仕込んだはずだった。たがテーブルセッティングの最終確認をした給仕が、何らかの手違いで大公のスプーンと侯爵のスプーンを入れ違えてしまった可能性はゼロではない」
まさにヴァルドがそう言ったタイミングで、廊下は十字路に差し掛かった。すると警備兵が担架で一人の男性を運んでいる。
「どうしたのですか?」
ケイン大公が尋ねると、警備兵はすぐに答える。
「大公閣下にご報告します。今日の夕食会を担当していた給仕の者なのですが、突然、意識を失いまして」
「なるほど。では君達も医務室へ向かっていると。厨房で今日、何か異変はなかったですか?」
「夕食会の用意が整った時、ファイヤーアンツの死骸が発見されました」
これを聞いたフロストが即反応する。
「ファイヤーアンツは、おおきなアリさんで、どくをもっているんだよ。かみつかれると、やけどしたみたいにあつくかんじるから、ファイヤーアンツというなまえがついたんだよ!」
「フロスト、よく知っているな。お利口さんだ。ファイヤーアンツの毒は、スティンガーと同じ、ヒスタミン系だ」
これを聞いたローダン侯爵は小さく舌打ちをする。そして担架の上で気絶している給仕の男性の右手を掴み、手の平を自身の方へ向けた。
「見てください! わたしと同じです! 皇太子殿下の推察通りですよ! ケインに仕掛けられた毒針が、誤ってわたしに刺さることになった!」
「そのようですね。でも何の毒針であるか判明しました。ファイヤーアンツ。アナフィラキシーが出る可能性があります」
ヴァルドがそう言えばケイン大公は「医務室には注射の用意がありますから、安心してください」とつけ足す。
これにはローダン侯爵は何かを言おうとして呑み込むを繰り返したいる。そうしているうちにも医務室に到着した。
そこへ慌てた駆けつけた医師がやって来て、ケイン大公はすぐにローダン侯爵を診るようにと指示を出す。
「いや、ここは先にそちらの使用人からで。わたしは体力もある。その次でいい」
「そうはいきません。大事な叔父上を失うわけにはいきませんから」
ケイン大公とローダン侯爵がどちらが先に診てもらうかの問答をしている横で、ヴァルドと私とフロストは、こんな会話をする。
「もし神経毒なのに、アナフィラキシーを抑える薬を注射すると、どうなるのですか?」
私の問いに、聡明なヴァルドはあっさり答えをくれる。
「それは間違いなく、最悪の結果をもたらすだろう。神経毒なのに、アナフィラキシーを抑制するための注射されると……。心拍数が上がり、血流がよくなる。その流れに乗って、神経毒が全身に広がることになるんだ。筋肉の麻痺、呼吸停止につながるだろう」
「まあ、それは怖いですね。神経毒でダメージを受けている体に、さらに負荷をかけると」
「パァパ、マァマ、まちがったらたいへんだね」
さりげない、親子三人の無邪気な会話。
だがこの会話に聞き耳を立てていたローダン侯爵は……。
「毒はヒスタミン系ではなく、神経毒だ! 今すぐ、ポーションをくれ! そして毒針はデビルスターのものだ!」
遂に限界だったようだ。
ローダン侯爵が毒針の正体について白状した。






















































