【番外編】海とキャンドル(11)
使っていた手袋の回収を考えた。ところが……。
「皆様がティータイムに向かった後、後片付けをしました。その作業が終わり、手袋を外したのですが……。古い手袋だったので、蜜蝋を溶かす竈に放ってしまいました。まさかこんなことが起きるとは思わず……申し訳ありません」
そう答える職人の経歴を調べても、勤続10年、勤務態度に問題もない。あの工房では管理職にあたる職人だった。ケイン大公を暗殺するような理由もない。
「毒針が仕込まれたキャンドルとマッチとは知らず、あの職人はケイン大公に渡した可能性があるな……」
ヴァルドの言う通りだと思う。
ひとまずポーションのおかげでケイン大公も目覚めたので、一通りの調査が終わると、彼の屋敷へ戻ることになった。
調査を手伝っていたローダン侯爵だったが、屋敷へ戻るとなった時、ヴァルドに尋ねた。「なぜ神経毒だと分かったのですか!?」と。それはケイン大公も知りたがった。するとヴァルドは……。
「あの時は確かに、状況からもスティンガーの毒針により、アナフィラキシーが引き起こされた……と思った。意識を突然失い、確かに指先が赤く腫れている。でもそれだけであり、よく見られるような他の症状が出ていない。呼吸困難であるとか、顔や喉の腫れもなかった」
それは確かにその通り。ローダン侯爵も異論などなく、聞いている。
「何より、現場でスティンガーを目撃した者が誰もいない。スティンガーに偶然刺されたのではなく、意図的に毒を刺されたと考える方が自然に思えた。そうなると、この世界で神経毒は進化と共に多くの生物が身につけている。昆虫だけではない。蛇や植物さえ、神経毒を有するものがいる。そして古来、暗殺では神経毒が用いられることが多かった」
ヴァルドも私も。皇族であり、王族として生きていたので、暗殺で使われる毒には嫌でも詳しくなる。そしてヴァルドの言う通りで、ヒスタミン系の毒はアレルギーや炎症を引き起こすもの。主にハチやアリなどの昆虫がヒスタミン系の毒を持つ。
対して神経毒は、前世で言うならコブラ、フグ、トリカブトと生態系で幅広い種が毒を有していた。
咄嗟の判断に思われたが、ヴァルドはこれらを思い出し「待った」をかけたのだろう。
「なるほど。意図的な出来事だったのか、事故だったのか。視点を変えることで、判断したと。……さすがですな、帝国の皇太子は……」
ローダン侯爵が感嘆し、ケイン大公も「自分ももっと勉強せねば……」と唸っている。
するとそこへ登場したのは、大公の妹であり、子爵夫人になったルアンナ!
ケイン大公……兄が倒れたと聞き、一旦は屋敷にとどまった。それでもなかなか大公が戻らないので、心配して駆けつけたのだろう。
ルアンナが心配しているということは。他の使用人も間違いなく心配している。
そこで屋敷へ戻ろうとなった。
ケイン大公は神経毒による暗殺未遂に遭った。その犯人が何者であるか分かっていない。ただ、暗殺者は神経毒を含ませた毒針をキャンドルとマッチに仕込んだのだ。
つまり今日のあの時間に工房にケイン大公が来ることを知る者が犯人となる。
ヴァルドと私が公国を訪れることは、ニュースペーパー(新聞)にも紹介されており、その訪問理由も公国と帝国の皇太子妃……つまり私がキャンドルの新規取引をするためとなっていた。よってキャンドル工房へ足を運ぶかもしれない……ということは、多くの人が知っていることだった。
だが具体的にいつ、何時にキャンドル工房へ向かうのか。
それを知る者は限られてくる。
つまり暗殺を企んだ者は、ケイン大公の情報を得られる場に潜んでいる可能性が高かった。
そうなると……。
馬車には私がフロストを膝に乗せ、ヴァルド、コスタ、マッドの五人で乗り込んだ。
マーニーやリカではなく、コスタ、マッドが同乗することになったのは他でもない。
大公の暗殺未遂を踏まえた護衛の強化だ。
馬車の中には分かりやすく剣も置かれ、全員、いつでも動ける状態。
というか、かつての宿敵同士が、暗殺を気にして同じ馬車で向き合っているなんて。
なんだか不思議だわとニマニマしていると。
ヴァルドが苦笑している!
やはり私は感情が豊かだから、つがい婚姻の共鳴で、ヴァルドにはだだ漏れだった。
「さて。このメンバーならいいだろう」
苦笑していたはずのヴァルドは真剣な表情となり、私達の顔を順番に見た。そしておもむろに話し出す。
「ケイン大公は暗殺未遂に遭った。だが無事に一命を取り留めている。そして彼を暗殺したいと思う者が、想像より近い場所にいることが分かった。だがわたしやミアがいる。マッドやコスタもいれば、フロストだっているんだ。魔術と剣術の達人がこれだけ揃えば、二度目の暗殺はあり得ない。その前に暗殺者を制圧できるだろう」
ヴァルドのこの言葉には、リヴィ団長の血が騒ぎそうになる。
そうなのだ。
この馬車に乗っている五人だけで、暗殺犯はおろか、国一つ手に入れることができるのでは!?なんて思ってしまう。
「ケイン大公は、暗殺未遂に屈しない姿をアピールするため、今晩のわたし達を歓迎する舞踏会を敢行すると決めている。これはケイン大公の揺るぎない強さをアピールできるし、暗殺者などに屈しないと表明することになる。暗殺者、そして暗殺者を操る黒幕からすると、宣戦布告のようなもの。間違いなくもう一度、暗殺を仕掛けるだろう」
これを聞いた私は勿論、マッドとコスタの背筋が伸びた。
フロストもなんだか凛々しい顔つきになっている!
「幸い、犯人の目途は立っている。今宵、黒幕を捕らえよう」
ヴァルドが高らかに宣言した。
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