【番外編】海とキャンドル(9)
突然、椅子から崩れ落ちたケイン大公に驚いたが、そこは剣神と剣聖と呼ばれたヴァルドと私。
大公の護衛の騎士よりも素早く動き、彼が地面に倒れるのを阻止する。
一方のマッドは「衛生兵!」と叫び、コスタはキャンドル工房の職人たちの動きを封鎖するよう、ケイン大公の護衛騎士に求めた。
百年戦争を経験している私達は、不測の事態へ迅速に動けてしまうのだ。
「ひとまずこちらへ寝かせましょう、殿下」
マッドは自身がつけているマントを手早くはずすと、地面に広げた。
ヴァルドと私でケイン大公を横たわらせる。
すぐに帝国の衛生兵が駆け寄り、脈や呼吸などの確認に入り、私は先程までの大公の様子を振り返り……。
ヴァルドと顔を見合わせると、その視線はケイン大公の手へ向かう。
同じだ。ヴァルドも大公が何度となく自身の手を見ていることに気付いていた。
ヴァルドと共に頷き、大公の手を見ると……。
「これは……右手も左手も。指先が赤く腫れているな。衛生兵、見て欲しい」
するとすぐに衛生兵はケイン大公の手を取り、指先の赤く腫れているところを凝視した。
「虫……蜂やスティンガーに刺されたか?」とヴァルド。
「クモなどの毒虫の可能性もあるのでは?」と私。
「何らかの毒が塗られたものに触れた可能性も」とマッド。
私達が次々に推論を披露すると衛生兵は「殿下たちがいると、自分は不要に思えます」と苦笑。同時にケイン大公がここに来るまでに手に触れたものについて、確認が始まる。その間、大公の護衛の騎士に氷水を用意できないか、ヴァルドが指示を出す。
さらに工房の一角に職人たちの休憩所があり、そこのカウチにケイン大公を運ぶことになった。そして小さなボウルに用意された氷水の中に、赤く腫れた大公の手を浸す。
続けてポーションを使い、容態の安定を図る。状況としては、突然の意識喪失からのアナフィラキシーショックに近いと考えられた。そうなるとある虫との接触が原因では!?となった。
根本原因を探ることで、最適なポーションを使うことにもつながる。
そこでまさにコスタと大公の護衛騎士が、先程工房で大公が手にしていたキャンドル、マッチ、ティーカップ、チョコレートなどを回収して戻って来た。早速、検分が始まる。
さらには職人を呼び出し、話を聞くことになる。
そこで有力な話を聞くことができた。
「蜜蝋を使っているので、蜂やスティンガーが寄ってくることがあります。特に今の季節は虫たちも活発ですから。それに精製はしていますが、甘い香りは残ります。ただハーバル系やシトラス系の工房は、逆に虫が近づくことは少ないです。ミントなどの香りはスティンガーや蜂が苦手です。蚊や蝿は柑橘系の香りを嫌います」
これを聞くともう、大公が突然倒れたのは、スティンガーなどの蜂に刺された可能性が高くなる。
スティンガーは前世で言うならスズメバチに近い。毒針を持ち、刺されると、場合によって動物でも人間でも、死亡することがあった。
「スティンガーは存在感があります。大公のそばを飛んでいれば気がつくはずです。あの手の様子を見ると、何箇所か刺されているわけで。気が付かないことは……ないと思いますが」
マッドの指摘通りなのだ。一匹が複数回刺したのか。何匹もが刺したのか。どちらであってもヴァルド、マッド、コスタ、私がいて、見落とすことは……考えにくい。
「衛生兵がしっかり確認したが、指に毒針は残っていない。スティンガーの針は1ミリ程度。そもそも一度刺して抜けるわけではない。ゆえに毒針は発見されなかった。さらに大公は完成したはがりのキャンドルを手にしている。その匂いに惹かれて寄ってきたスティンガーに刺されたと考えるのが妥当になるが……」
前世でも、刺された部位だけ見て、虫の特定は難しい。スティンガーの毒も、その成分が複雑なため、きちんとした機器が必要になる。それに蚊に刺されても、赤く腫れるのだ。赤く腫れている……だけでは、虫に刺されるとたいがいその症状が出るため、刺した虫の特定が困難になる。
よって蜜蝋を使う場でケイン大公が倒れたので、蜂やスティンガーの毒針が原因なのではと、状況から判断することになった。
ケイン大公が倒れた場所が屋敷だったら……。蜂やスティンガーではない別の可能性、蜘蛛の毒などが有力になっただろう。もしくは人の手による毒の使用も検討された筈だ。
「殿下。現状ではスティンガーによるアナフィラキシーの可能性が高いように思えますが、ヒスタミン系の毒、神経毒では、処置が異なります。腫れていることから冷水を用いていますが、高温で分解される毒もありますので……」
衛生兵が処置についてヴァルドに思わず相談したくなる状況だった。
だがそこに医師を連れたローダン侯爵、さらにはマーニーに抱かれたフロストがやってきたのだ!
「ケインが倒れたと知らせを受けた。わたしは兄も兄嫁も妻も亡くしている。居ても立っても居られず、駆けつけた。医師も連れている。それに皇太子殿下のご子息が『工房に行きたい』と言っていると聞いてな。乳母ともども連れて来た」






















































