【番外編】海とキャンドル(8)
私のアイデアにケイン大公が喜び、ヴァルドも褒めてくれたので、大変嬉しくなっていた。そして最終工程を行う工房に移動すると、一人の男性が近づいて来た。
「ケイン大公、こちら先程完成したばかりのキャンドルです」
まるで上品なティーセットを運ぶような、銀のトレンチには六つのキャンドルが載せられている。その六つのうち一つには、キャンドルに赤いリボンが飾られていた。さらにもう一つには、乳白色のキャンドルの中に、ラベンダーの花が浮かんで見える。
それを見たヴァルドと私は顔を見合わせた。すぐにピンときている。この二つこそ、情熱の香りのキャンドルとラベンダーの香りのキャンドルであると。
「もうお二人とも分かったようですね」
ケイン大公の言葉に頷く。すると彼はトレンチに置かれた情熱の香りのキャンドルとマッチ箱を手に取り、近くの出窓へ向かう。
まずは窓を開ける。そして出窓のスペースにキャンドルを置いた。ケイン大公は、チラリと右手を見てから、キャンドルに目を戻し、マッチを擦る。
芯にマッチの炎が移り、しばらくすると……。
ベルガモット、ジャスミンがブレンドされた絶妙な配分の甘い香りが広がる。
その香りを吸い込むと、届けられた試供品をヴァルドと試したあの日の夜を思い出してしまう。
香りによる記憶は鮮烈だ。
自然と心臓がトクン、トクンと高鳴っている。
ついヴァルドを甘えるような眼差しで見てしまう。
ヴァルドはいつものクールな表情から一転。ふわっと甘い笑みを浮かべ。さりげなく私の頭を撫でると、ケイン大公に告げる。
「やはりいい香りだ。できれば今晩のために、ひとつ買い求めたいのだが」
これには「まあ、ヴァルド!」と驚きつつ、でも大変嬉しい!
「勿論です。プレゼントいたします」
「それはありがたいです。ではこれを頂いくので構わない」
今、この辺りにいい香りをただよわせているそのキャンドルに、ヴァルドが手を伸ばす。するとケイン大公も慌てたように手を伸ばした。
ケイン大公とヴァルドの手がぶつかり合い、大公が「申し訳ありません!」と謝罪する。さらにこう提案した。
「こちらは今、火をつけてしまいました。新しいものをご用意し、お部屋に届けさせます。お二人は私にとって大切なお客様です。ぜひそうさせてください!」
こんな風に言われては、断る理由はない。「では厚意に甘えさせていただきます」と、ヴァルドはスマートに応じる。
前世日本人の感覚だと、ここで遠慮し合うのが美徳だったりするが、この世界ではそうではない。「つまらないものですが」とか「そんな、申し訳ないです」なんて遠慮せず、素直に「ありがとうございます」で受け取るのが普通。
今も「ぜひそうさせてください」と言われているのだから、ここはストレートに「ではありがたく」ということなのだ。
「大公。情熱の香りのキャンドルは、作業をしている職人でも、気持ちに影響を受けやすいです。よかったらそちらは消していただき、ラベンダーのキャンドルをかがれてから、中庭でのティータイムはいかがでしょうか?」
キャンドルをのせたトレンチを手にしている男性が、ケイン大公に提案する。この提案にケイン大公は頷き、スナッファーをキャンドルにのせた。
キャンドルスナッファーは、ベルに横棒がついたような器具だ。これで炎を瞬時に消すことができた。
次にケイン大公は、トレンチからラベンダーのキャンドルを手に取る。そして目で合図を送った。披露を終えた情熱のキャンドルを下げるようにと。
先程と同じようにマッチを手に取り、ラベンダーのキャンドルに炎を灯す。
フワリと優しいラベンダーの香りが広がる。
ケイン大公はマッチの火を消しながら、自身の手をチラリと見る。だが私の視線に気づくと、すぐに笑顔になり、こんなことを言う。
「ラベンダーの香りで気持ちを落ち着かせたら、ティータイムにしましょう。宰相から聞きました。ミア皇太子妃殿下は、宰相の奥方とパンケーキの話で盛り上がったと。中庭でご自身で好きなだけフルーツを盛りつけ、クリームやバニラアイスをのせられるようにしたので、パンケーキをお楽しみください」
これには両手を挙げ、万歳したくなっている。そして宰相の奥方には心から「ありがとうございます!」だ。
宰相の奥方が自身の夫に話してくれたことで、今日のティータイムにパンケーキを用意してもらえるのだから!
「どうやらミアは、ラベンダーの香りで気持ちが落ち着くどころか、パンケーキでさらに気持ちが盛り上がったようだ」
ヴァルドがくすくす笑いながらそう指摘するが、それはその通り。でも好物を目の前にしたら、仕方ないと思います!
ということでせっかくつけてくれたラベンダーの香りだったが、そちらはそこそこに中庭へと移動。
そこでお楽しみのパンケーキによるティータイムとなる。
焼き立てを出してもらえると言うことで、登場まではテーブルに並べられたチョコレートやブルスケッタをいただくことになった。
ブルスケッタは、生ハムやスモークサーモン、モッツァレラやアーティチョークなどをのせた前菜として提供されるが、ティータイムでも活躍する。イチジクやリコッタチーズをのせたり、ベリーやブドウをのせたり。
スイーツにもなるブルスケッタをいただきながら、焼き立てパンケーキの登場を待っているまさにその時だった。
四人掛けの丸テーブルに座るケイン大公の体が、ぐらりと揺れたと思ったら。そのまま椅子から崩れ落ちたのだ。
お読みいただき、ありがとうございます!
今回も大変美味しそうな食事の挿絵(写真)が登場しましたが。
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