【番外編】海とキャンドル(7)
昼食会が終わると、まずはフロストに会いに行く。
公国に到着するまでは、移動なので疲れ、ついウトウトしてしまうフロストだったが。
間もなく三歳になるため、昼寝は午後の二時間~三時間と決め、夜間にぐっすり眠るよう促している。
昼食後、30分~一時間以内に昼寝に入ることが多いのだけど……。
「さっきまで起きていらっしゃたのですが、丁度30分が経った時。まるで体内に時計があるかのように、す~っとお眠りになりました」
マーニーにそう言われ、間一髪間に合わなかった!と思うものの。
キャンドルの工房にフロストを連れて行く予定はなかった。香料の強い香りはまだフロストには早いからだ。
つまり元々お留守番になる予定だったので、それならば昼寝をとってくれていた方がいい。
「ミア、フロストがぐっすり眠っている間にキャンドルの工房へ行こう」
ヴァルドに言われ、そうすることにして、屋敷のエントランスホールでケイン大公と合流する。
そこへローダン侯爵がやって来た。
彼も同行することになっていたが……。
「本当はわたしも同行したかったのですが、ぎっくり腰で動けなくなり、困っている領民がいると、知らせが来たのですよ。老夫婦で息子は出稼ぎで大陸に渡っている。そこでちょっと手伝いへ行こうかと。同行できず、申し訳ないです」
そう言って頭を下げるのだけど、これを聞いたヴァルドも私も感動している。
そんな領民の声に応えようとするところに。
「我々のことは気にせず、助けを求める領民の所へ向かっていただくので問題ないです。また夜の舞踏会でお会い出来たら、会いましょう」
「皇太子殿下、お気遣い、ありがとうございます。ええ、舞踏会には間に合うようにしますので」
こうしてローダン侯爵に見送られ、馬車へ乗り込み、キャンドル工房へ向かった。
「こちらがキャンドルの工房です」
ケイン大公に言われ、馬車から降りて見渡すと……。
小ぶりのレンガ造りのの建物が、等間隔にいくつも並んでいる。
そのうちの一つへと案内された。
「建物自体は小ぶりに見えたが、天井も高く、中は存外に広く感じる」
ヴァルドの言葉には強く同意だ。
その工房は一見すると、厨房のように見える。
というのも大きな鍋があり、そこでなんとも甘い香りが立ち上っているからだ。
「この工房では貴族向けのキャンドルを作っています。つまり蜜蝋を使っているのです。この甘い香りは蜜蝋の香り」
ケイン大公の説明で、香りの正体が判明した。
蜜蝋は蜂蜜の巣から作られている。ゆえに溶かすとほんのり自然に甘い香りがするのだ。
「ここでは蜜蝋を溶かし、四つの工房へ運ぶことになります。蜜蝋を溶かしている状態ではその温度が高温過ぎ、香油を足しても蒸発してしまいますよね。そこで渡り廊下を使い、移動させている最中に蝋を冷まします。到着し、温度計で測定。だいたい60~70℃まで下げたら、香油を加えます」
「四つの工房へそれぞれ運ぶのは、大量生産のためですか?」
説明をしてくれているケイン大公に私が尋ねると、彼はニコリと笑う。
「大量生産の目的もありますが、四つの工房は香り別に分かれています。フローラル系、シトラス系、ウッディ系、ハーバル系の四つ。それぞれの工房に運び込まれると、溶けた蜜蝋に香油を加え、香りづけを行います」
「なるほど。一つの工房で四つの香りを同時に作ると、室内は匂いが混ざり、職人たちの鼻もおかしくなってしまう。それに香り別に生産した方が、作った数なども計算しやすいと」
ヴァルドが応じ、ケイン大公は「その通りです、ヴァルド皇太子殿下」と大きく頷く。
「それでは香りづけを行うそれぞれの工房に行ってみましょうか」
ケイン大公に言われ、まずはフローラル系の工房へ向かう。
すると先程とは一転。
ラベンダーやローズなど花畑に来たのかと思えるいい香りが漂う。蜜蝋のほんのり甘い香りとも、見事に調和していた。
「こちらの工房は、先程より広めになっており、ここで香油をいれ、香りづけを行います。その後、ガラス瓶や缶へ移し、芯をいれた後は……。冷ますことになりますが、それはまた渡り廊下でつながる別の工房で行います」
ケイン大公の説明を聞きながら、作業をしている職人を見ると……。
ガラス瓶で作るキャンドルには、ドライフラワーなどを飾りで加えている。
これを見た私は思いつく。
「シトラス系、ウッディ系、ハーバル系では、フローラル系のようにドライフラワーを入れていますか?」
尋ねられたケイン大公は即答する。
「いえ。ドライフラワーを入れているのは、フローラル系だけです」
「なるほど。では柑橘系の香りであるシトラス系には、乾燥させた輪切りレモンやオレンジを用意し、いれるのはどうでしょう?」
「! それはいいですね!」とケイン大公の瞳が輝く。
「ウッディ系ではどんぐりや小ぶりの松ぼっくりをいれてもいいかもしれません。そしてハーバル系。ペパーミントやティーツリーの香りですが、こちらは貝殻を使うのはどうでしょう。島国の公国らしいキャンドルに仕上がると思います」
「とても素晴らしい案です! 貝殻はただで手に入りますし。それぞれの香りに合せ、教えていただい素材を集めてみます」
「ぜひそうしてください、ケイン大公。乳白色のキャンドルの中に、木の実や貝殻がうっすら見えているのはお洒落だと思いますし、貴族は喜ぶと思います」
これにはもうケイン大公が大喜びとなり、ヴァルドも「素晴らしいアイデアだ、ミア」と褒めてくれる。私はご機嫌となり、最後の行程となるキャンドルを冷ますための工房へ向かった。そこは完成品のキャンドルを商品として出荷できるよう、最終的な仕上げまで行う場でもある。
そこに到着すると、一人の男性が近づいて来た。
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