【番外編】海とキャンドル(5)
「……いろいろな行事は今日全部詰め込みました。よって明日からは自由にお過ごしいただけますぞ。この公国はバカンスには最適ですから! そうだろう、ケイン?」
「ええ、叔父上の言う通りです。予定より早くご到着されましたが、滞在期間は限られています。皆様が自由に過ごせるよう、公的なことは今日済ませましょう」
これにはもう「ありがとうございます!」だ。
結局、キャンドル工房を見学する……という名目で訪問しても、外交は欠かせない。公国の有力貴族と会う必要もあるからだ。
今日はあれ、明日はこれ、明後日は……とスケジュールをガチガチに組まれるより、一日で公務が終わるのは、本当に願ったり、叶ったりだった。
「それではこちらに馬車の用意はできているので、どうぞお乗りください」
ローダン侯爵に案内され、馬車に乗り込んだ。
◇
馬車に乗り込んでビックリ。
そこには海の生き物のぬいぐるみが沢山用意されており、フロストは大喜び。
「ほら~、パァパ、うみのおほしさま!」
「ヒトデだな。フロスト。ヒトデは面白い生き物だ。うんと昔から存在していて、体内を海水が巡っているんだ」
「え、そうなのですか!?」
思わずフロストより先に反応してしまい、隣に座るコスタが爆笑をこらえている。
「ヒトデには脳もなければ血管もない。つまり血液がないそうだ。代わりに海水を体内に取り込み、酸素や栄養を手に入れていると聞いたぞ」
「それは知らなかったです。……ヴァルドは博識ですね……!」
「マァマ、ヒトデはね、つよ~いどくをもつのもいるんだよ~」
「「!」」
思わずヴァルドと顔を見合わせ、驚いてしまう。
するとヴァルドの隣に座るマーニーが真相を明かす。
「フロスト坊ちゃんに海洋生物図鑑をお見せしたんです。絵が多いので、文字が読めなくても楽しめるかと。どうやらメイドや侍女の誰かが、そこに書かれた情報をお伝えしたのでしょうね」
「そうなのね。そこで教えてもらったことをちゃんと覚えているなんて。フロスト、素晴らしいわ」
するとクジラのぬいぐるみを手にしたフロストは、褒められて嬉しいのか、ニコニコと笑っている。
そうしているうちに馬車は石畳を進み、街の中心部に到着。
海に囲まれた国だからなのか。
建物は白壁に碧い屋根で統一され、見ていて実に爽やか。目に入る商店にもパイナップル、ウォーターメロン、マンゴーなどのトロピカルな果物も並んでいる。
そしてそれは宮殿と言っても遜色のない立派な建物が見えてきた。
壮麗な門に、左右に翼のように広がるファザード。この豪華な屋敷が代々の大公が暮らす屋敷だった。
「お部屋へご案内いたします」
礼儀正しい大公のメイドに案内され、通された客間は……。
海の碧を基調にしたファブリックと、白い壁と家具。差し色に白金色で、ゴージャスさが増している。
「ヴァルド、すごいわ。ベッドルームが二つありますし、専用の浴室もついています」
「そうだな。……リカ、マスターベッドルームをメインに使う。荷解きはもう一つのベッドルームで」
「かしこまりました」
ヴァルドがテキパキと指示を出し、リカたちは従者と共に大量のトランクを部屋に運び込む。フロストの部屋は別途ちゃんと用意されていた。フロストを抱いたマーニーがその部屋へ向かっている。
「ではミア。昼食まで時間がある。こちらへ」
そう自然にヴァルドにエスコートされ……。
あ、あれ、私、ベッドで横になっているのですけど!?
「豪華客船でもない、ただの客船。壁も薄いし、ベッドの強度も心配と、初日以降はお預けだった」
「あ……」
「隣で無垢な顔ですやすや眠るミアを見て、我慢する……。これは精神力を実に試される修行だった」
そう言いながら、シュルっと自らタイを外すヴァルドが、こちらへ流し目を送る。
たったそれだけで。
私の気持ちもそちらへ瞬時に向いてしまう。
我慢していたのはヴァルドだけではない。
私だって……あのラベンダーのキャンドルを使い、懸命に堪えていたのだ。
ここは変に照れたりせず、自分の素直な気持ちを出そう。
両腕を伸ばし「ヴァルド。私も同じ気持ちです」と伝えると、麻のジャケットを脱いだヴァルドが、ベッドに乗る。頑丈な作りのベッドと張りのあるマットレスは揺れることも、変な音を立てることもない。
「ミア」
ヴァルドはその手で私の手を掴むと……。
手の平へキスをして、大変艶やかな上目遣いをして微笑んだ。






















































