【番外編】海とキャンドル(1)
7月を迎えたノースクリスタル帝国は、日陰は涼しいが、陽射しを受けると暑さを感じる。
ドレスも麻を使った涼し気なものとなり、衣替えも行われた。
雨は夜間にスコールのように降ったり、午後にゲリラ豪雨のようにざっと一時的に降ることもあるが、晴天の日々が続く。
本当に快適で過ごしやすい季節の到来だった。
そんな折。
メデタリアン海に浮かぶ小さな島国・ブルクセン大公国から手紙が届く。
そうケイン大公からの手紙だった。
その手紙に書かれていたこと。
それは……ついに商品化されたラベンダーの香り、情熱の香り付きのキャンドルを作る工房を見学に来ないかというお誘いだ!
7月に入ると大陸ではバカンスシーズンに突入する。
過ごしやすい気候。仕事ばかりでは勿体ない。
しかも日没時間は21時となり、夜は長い。
大切な人と過ごしたり、旅を楽しみましょうということだ。
皇族の公務がストップすることはない。
だがバカンスシーズンでは休暇も取りやすくなる。
8月の終わりは夏のオーロラを北部に皇帝陛下夫妻と見に行くことになっていた。
7月はまさにフロストに海を見せたいと思っていたのだ。そしてブルクセン大公国は島国であり、周囲をぐるりと海に囲まれている。その海は、海辺は透明感があり、岸から離れるにつれ、エメラルドグリーン、マリンブルーへとグラデーションしているという。南部の島らしい大変美しい海だというのだ!
この世界、海で泳ぐ習慣はなく、水着も存在していない。それでも海を眺める文化はある。
大公からのお誘い。
乗らない手はない!
何せ客人として迎えてもらえるので、大公の屋敷に滞在させてもらえる。
王族や皇族が通常の宿やホテルに滞在するとなると、防犯面に気を遣う。それは自分達もそうであるが、宿やホテル側にかける負担も大きくなる。その点、大公の屋敷に滞在すれば、安全であることは間違いない。
ということで大公のこのお誘いに応じるつもりだが、ヴァルドは執務中なので、それは後ほど報告するとして。かつブルクセン大公国へ行くことに皇帝陛下夫妻が反対することはないだろう。
何せ今日の朝食の席で「フロストの情操教育のために、このバカンスシーズンに家族三人で旅行でもしては?」と皇帝陛下は言ってくれていたのだ!
よって海を見られる。
これをフロストに報告してあげようと思い、私は自室を出た。
◇
ブルクセン大公国へ向かうことになったきっかけ――香り付きのキャンドル。
それは試作品からその後、どうなったのかというと……。
ラベンダーの香り付きのキャンドルでは、ヴァルドの溺愛を落ち着かせることはできなかったが、リカやコスタに使ってもらったところ。
「もうぐっすり眠ることが出来ました! 気持ちが和み、リラックスできるというのは、自己暗示もあるのかなとは思います。ですがその状態をあのキャンドルが引き出してくれた気がするので、私はぜひ愛用したいと思いました!」
リカがそう言うとコスタは……。
「元々、横になったらすぐに眠れるタイプなんですよね。なので爆睡出来たのはいつも通りかもしれないです。でも同室の騎士達がみんな『あのラベンダーのキャンドルのおかげかな? よく眠れた気がする』と。香りって頭で記憶されるんでしょう? 『この香りで眠りがよくなった』と思うことで、眠れるようになるなら、それに越したことはないですよね。それにあのキャンドルで同室の騎士のみんなが安眠できるなら、僕は喜んで買います!」
こんな感じで好評だったのだ。
さらにケイン大公の方でも様々な評価テストを行い、商品化に至った。
ちなみに情熱の香り。
こちらの人気が実はすごいことになっていた。
試作品での評価テストの結果は、ラベンダーの香りの比ではない程、高いもの。やはりそちらでの需要があったようだ。
この結果にケイン大公は驚きつつ、「ミア皇太子妃殿下は先見の明がありますね……!」と感動の手紙を送ってくれていた。
夫婦が素敵な夜を過ごすために。
情熱の香りと言うスパイスは、実に効果的ということ。それに実際、ヴァルドと私で試した結果は……。
思い出すと大変なことになる。
今はフロストの部屋に向かっているのだ。
しゃんとしないと。
しゃんとしたところでフロストの部屋の扉が見えてくる。
「フロスト! 前に絵本で見せた海。見に行けるかもしれないわ!」
扉を開けながら、私は朗報をフロストへ伝えた。






















































