【番外編】彼の想い(2)
禍を転じて福と為す――。
東方から伝わる書物を読んでいた時に見つけた言葉だった。
そして今まさに。
巨大イノシシの暴走という禍から、彼女に再会できるという福に恵まれた。
◇
大慌てで暴走する巨大イノシシを追い、サンレモニアの村へ向かったが。
コスタの言う通り。
間に合わなかった。
巨大イノシシは村の中で暴走し、そして――見事に仕留められていた。
その倒れた巨大からは、焦げた匂いがしている。
目撃者によると、脳天一撃の槍と、そこに落雷があったというのだ。
「なんですか、それは。晴天でしたよね!? 雷? いや、確かに村の方角で何か光ったのは見ましたが……」
コスタの言葉には自分も「そうだな。そんな雷が都合よくイノシシに命中するなんて、ありえないだろう。詳しくは村人に話を聞くしかない。だが、巨大イノシシのせいで村も混乱している。今はこの混乱を収める手伝いをしよう」と告げることになる。
事態の収拾を図る中で、とんでもない話を耳にすることになった。
巨大イノシシを仕留めたのは、アイリス色の瞳に銀髪の美貌の青年。まるで天から舞い降りた大天使のような彼は、見事に槍を命中させ、雷を落とした。イノシシを仕留めると槍を抜き、そのまますぐ姿が消えたと言うのだ。
間違いない。
アイリス色の瞳に銀髪。さらに美貌の青年。
人智を超えた巨大イノシシの仕留め方。
それは魔術だ。
ノースクリスタル帝国の皇太子であり、ロイヤル騎士団の団長である彼の名は――。
ヴァルド・アルク・ノースクリスタル。
団長の宿敵だった皇太子だ。
まさか彼が現れるとは……と思ったが、秋のこの時期。帝国もまた、狩猟シーズンだ。そしてサンレモニアの森は中立地帯。この森で帝国の皇太子が狩りをしていてもおかしくないし、数日前も森で彼らが狩りをしているという情報は入手していた。
だがお互いに。
百年戦争を終結したばかり。平和条約は締結されたが、無用な接触は避けたい。よって彼らが出没したエリアを避け、狩りをしていたわけだが……。
巨大イノシシを仕留めながら、槍を抜き、その場を去ったということは。誰かの獲物であると理解し、横取りをするつもりはないということだ。しかもどうやらそのイノシシに襲われそうになっている村人を助けるかのように現れたというのだ。
武術の腕もさることながら、皇太子は聡明だった。あの巨大イノシシがマリアーレ王国の王族が追っていると……気付いていたのかもしれない。
ともかく皇太子のおかげで村人に重傷を負うような怪我人はでなかった。逃げる際に転倒し、膝をすりむくような怪我をした者はいたが、それは同行している衛生兵にすぐに治療をさせ、お詫びの金を渡している。
後は――。
「殿下。牙を手に入れてください。この巨大なイノシシ肉は村人に捧げましょう。混乱を招いたお詫びです」
「うん。そうだな。そうしよう」
こうして巨大なイノシシは村に進呈し、事態の収拾を行ったら、撤収するつもりでいたが……。
「こんな大量のお肉、村人だけでは食べられない。皆さんも今日はこの巨大イノシシを追い、森の中を駈け巡り、お疲れのはずだ。どうだろう。宴を開くから、参加しないかい? 町宿に比べたら粗末だろうが、寝る場所も提供する。休んでいくがいい」
ミーチルという名の女村長の提案に、タリオ第二王子は「ぜひ、参加させてください!」と即答する。
そんな人懐っこいところは、団長に似ている。
どこか抜けている第二王子なのに、憎み切れないのは……この笑顔のせいかもしれない。
それはそんな宴に参加するための準備をしている時のことだった。
「ノルディクス団長っ!」
コスタが息を切らし、こちらへと駆けて来る。
彼には巨大イノシシに襲われ掛けた村人に、お詫びとして持参していた食料などを配らせていたがはずだが、一体どうしたと言うのか。
「巨大イノシシから老人と子供を救おうと、立ち向かった女戦士がこの村にいると聞き、彼女の自宅へ向かったんです」
「女戦士……村を守る戦士の役割に女性が就いているのか?」
「ええ、そうなんですよ。約二年前にこの村に来て、村人の同じ戦士の役割の男性と結婚し、子供も一人いるそうです。その彼女が巨大イノシシを倒そうとしたのですが、足元にトラップ……いわゆる子供の悪戯があって、転倒。あわやのところを帝国の皇太子に助けられたそうです」
なるほど。帝国の皇太子は騎士道精神が強く、女子供に戦時中も決して手をあげなかった。彼女を助けるため、タリオ第二王子の獲物と知りながらも、姿を現わしたのかもしれない。
「俺はその……驚いて。その女性と顔を合わすことができなかったのですが……」
「驚く? 何がだ?」
「……すぐに分かりますよ。宴会にその女性も来るはずなので。今回の英雄の一人ですからね」






















































