【番外編】彼の想い(1)
――「ノルディクス。君がいてくれて助かった。ありがとう」
団長の声が聞こえた気がして、歩みを止める。
自然と蓮池のある王宮の中庭の方を見てしまう。
団長が部屋に幽閉されてから一年が経つ。
コスタは自分にこう言っていた。
「部屋から出たい。幽閉から解かれたいと思ったら、団長は合図をくれるはずですよ! 団長、三年間はずっと戦場にいたんです。今はゆっくり休みたいのかもしれません。ああ見えて『下手だけど刺繍は嫌いじゃない。読書も時間があればする』って言っていたじゃないですか。大丈夫ですよ! ノルディクス団長」
その言葉を信じ、一年が経つ。
その間に木枯らしの吹く秋が過ぎ、北風が冷たい冬を過ごし、そして暖かい南風の春を迎えた。
そして季節は、団長と最後の言葉を交わすことになった初夏になっている。
緑豊かなサンレモニアの森。
去年の今頃、団長は自分と騎士団達の前から姿を消した。
泉でさっぱりした団長は、爽やかな笑顔で「……用件が済めば戻って来るつもりだが、任せてもいいか?」そう自分に告げた。
用件が済めば戻る。そう言っていたじゃないですか、団長。
団長の不在の間、自分は代役を務めているつもりです。
でも……もう戻って来てほしいです。
――「すまなかったな、ノルディクス。肝を冷やしたか? だが大丈夫だ。いつも通り。帝国の皇太子と刃を交えただけだ」
団長の屈託のない笑顔が浮かぶ。
そこにいると分かっているのに。
会えない。
想いだけが……募っていく。
初夏の青空は雲一つなく、強い陽射しが自分にも、そして団長のいる王宮にも。
静かに降り注いでいた。
◇
「ノルディクス団長! タリオ第二王子のこと、どうにかしてくださいよ! あれは獣の主に対する冒涜ですよ。もういいでしょう? 俺達ならすぐに仕留められる。婚約者はここにいるわけではないんですし、最後はちゃんと第二王子が仕留めたと、口裏を合わせればいい話ですよね!?」
コスタが額の汗をぬぐい、自分に問い掛ける。
秋の狩猟は王族の行事の一つだった。国内各地の狩猟場で王族が狩りを行う。その成果は国内外で広く発表される。特に婚約者がいる王族は、この秋の狩猟に力をいれていた。それは捕らえた獲物を婚約者に捧げる習慣があるからだ。
タリオ第二王子は初秋に婚約したばかり。婚約者に立派な成果を報告したいと思ったのだろう。暗黙の了解で誰も手を出さない獣の主に手を出してしまった。
剣も槍も。乗馬も。どれも第二王子はいまひとつなのに、弓の腕だけは相応にある。だがそれも中途半端。巨大イノシシに微妙な傷を与え、その後も致命傷に至らない攻撃――矢を命中させ続けている。
人間よ、なぜひと思いに殺らぬのか。
まさにそんな気持ちなのだろう。
巨大イノシシは怒り心頭。
コスタが指摘するまでもない。
このままでは怪我人が出る。
「タリオ第二王子、頃合いです。ここは我々騎士団で仕留めますので、殿下はイノシシの牙をお持ち帰りください。それこそが、狩猟の証となりますので。殿下の獲物と皆、納得しますから」
「ノルディクス団長、それでは僕が仕留めたことにならない。もう少しなんだ。もう少し。あと何本か矢を命」
そこで言葉が途切れたのは、巨大イノシシが突進してきたからだ。
「殿下」「うわあああ」
間一髪でタリオ第二王子を抱きかかえ、地面を転がることになった。
一方の巨大イノシシはまさに猪突猛進で駆け抜けていく。
「仕留めろ!」「ノルディクス団長」
抗議の声を上げる第二王子に、自分は心を鬼にする。
「これ以上は待てません。今は自分が殿下を庇えました。でも次は無理でしょう。イノシシに正面からぶつかれば、死ぬかもしれません。殿下は婚約者に自身の訃報を伝えたいのですか!?」
これまでずっと我慢していた。彼の「自分がとどめをさす」に従っていたのだ。だがこれが限界とばかりに本音を打ち明けると――。
「……分かった。牙は僕が手に入れるから、騎士団で仕留めて欲しい」
十九歳のタリオ第二王子がしょぼんと答える。
……団長を思い出すと、第二王子の思考が、あまりにも幼く感じてしまう。
同じ王族の血を引くのに。
こんなにも違うものなのか。
「ノルディクス団長!」
コスタの声に、第二王子が立ち上がるのに手を貸しながら「どうした?」と問う。
「あの手負いのイノシシ、サンレモニアの村へ向かっています」
「何!? 今すぐ仕留めることは!?」
「無理ですよ、あの速度では。馬を駐留させているところまで戻り、馬で追っても……おそらく村に突入した直後になります。……間に合わないです」
迂闊だった。
平和に暮らすサンレモニアの村の近くまで迫っていたとは。
「とにかく急いで追うんだ!」






















































