【番外編】彼と彼女の恋物語(4)
せめてノルディクス……兄貴の用意したポーションを、リヴィ団長に届けられないか。
それは人手を介するのではなく、直接。
王宮における団長の部屋。それは王宮の奥深くにあった。内廊下を使わず、その部屋に到達するには……。
王宮の中庭を経由し、蓮池に到達できれば、そこはまさに団長の部屋に面していた。
団長は……第一王女は、深窓の姫君という扱いだった。ゆえに散歩すら自室のそばの蓮池の周囲を歩くぐらい……という触れ込みになっていたのだ。
窓から俺と兄貴の姿を見れば、団長なら絶対に無視しない。ほんのわずがな時間で良かった。窓を開けてくれた団長と二言三言の会話を交わし、兄貴が用意したポーションを渡せれば、それでいい。
国王陛下による新団長、新副団長の任命式は午前中に終わった。俺は兄貴に、宮殿内にある騎士団本部で待つように告げた。そしてその足で、団長の部屋に忍ぶことが出来るかを、試すことにしたのだ。
王宮の警備は厳重。警備兵の他に、近衛騎士もいる。
それでも……。
「マリアーレクラウン騎士団の、新副団長のコスタ卿じゃないですか! 就任、おめでとうございます」
そう祝いの言葉をかけてもらえるし、今日は就任式もあった。俺の姿を見かけても不審がられることはない!
これは……行けると思った。
蓮池も見えてきた!
「コスタ卿」
ギクリとして歩みを止めることになる。
振り返るとワイン色の隊服……近衛騎士の中でも、王宮深くの警備を担当する精鋭騎士数名が、こちらへ近づいて来た。
彼らは決まった場所を警備しているわけではない。
自由に動き回り、王宮に近づく不審者を取り締まる。
「どうも、こんにちは」
近衛騎士の精鋭部隊と会うなんて、そう機会はないこと。緊張して間抜けな挨拶をしてしまった。
「……コスタ卿、就任式は終わったはずです。ここへは何をしに来たのですか?」
これまでの警備兵や普通の近衛騎士とは全然違う。
目つきも鋭いし、仲間……とは思ってくれていない。
「蓮池を……見に来ました。王宮の中庭の蓮池には、とても美しい花が咲いていると聞いたので」
これは実際に有名な話。
王族がプロポーズを蓮池のほとりでするというのも、有名な話だった。
「蓮の花を見に来た……なるほど」
何とか誤魔化せたと思ったら。
「蓮の花は早朝に咲き、昼頃には閉じています。ここから見ても、咲いている花はないですよね」
これには咄嗟に言葉が出ない。
「まさかマリアーレクラウン騎士団の副団長が、そんなことも知らなかった……とは言いませんよね?」
汗が吹き出し、取り繕う言葉が出ない。
なるほど、なんて言ったが、まったく信じていなかったのだろう。
「嘘をつくなら、もっとマシなものにしていただきたいものです。何用があり、ここへ来たのですか?」
嘘だと完全に見抜かれている。
落ち着け、コスタ。
ここで変な返しをしたら、最悪、国王陛下に報告されて……。
副団長の職を剥奪されるかもしれない。
戦場で命を散らしたわけでもないのに、任命当日に剥奪だなんて。これ程の不名誉はない。
「コスタ卿、質問には答えてください」
詰め寄られると、ますます焦る。
どうしたらいい?
考えろ、考えるんだ、コスタ!
「アーク近衛騎士隊長」
優しいけれど凛とした女性の声に、その場にいた全員がハッとする。
「コスタ卿をお呼びしたのは私です。理由は至極プライベートなもの。……久しぶりに王都に戻られた卿に会いたいと思ったのです。とても私的な理由で」
団長……第一王女付きの侍女、リカだ……!
「コスタ卿、お待たせしてしまい、申し訳ありません。パーゴラはここではなく、あちらです。分かりにくいですよね」
そう言いながら、リカは俺のそばに来ると、腕を絡める。
未婚の男女の不用意な接触は好ましくない。だが今、リカがこうすることで、アーク近衛騎士隊長他、精鋭近衛騎士達は、こう理解したはずだ。
第一王女の侍女であるリカ嬢は、コスタ卿と恋仲なのか。久しぶりに王都に戻ったコスタ卿との逢瀬のために、人目を忍ぶ場所で待ち合わせをした。
だが百年戦争の最前線にいる時間が多かったマリアーレクラウン騎士団の人間が、王宮の中庭に詳しいわけがない。
うっかり迷い込み、でも逢瀬の件を口にすることができず、挙動不審になったのか──そう勝手に解釈してくれたと思う。
実際、アーク近衛騎士隊長はこう応じた。
「そうだったのですね。それは失礼いたしました。あちらのパーゴラにはしばらく見回りの警備兵、近衛騎士も近づけないようにします。マリアーレクラウン騎士団は、サンレモニアの森に駐屯していますからね。なかなか王都には戻られない。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
アーク近衛騎士隊長は、洗練されたお辞儀をすると、部下を連れて去って行く。一方のリカは俺に腕を絡ませたまま、パーゴラへ向かう。
しかも……。
「コスタ卿、お久しぶりです。本当に……会いたかったですわ。夢にまでお姿を見てしまうぐらい」
こんな言葉を口にしたのだ。






















































