逃亡
ヴァルドが宿泊している宿なのだから、警備体制はガチガチと思ったが、そこまでではなかった。表と裏口に兵士はいたが、ランドリールームで見つけたワンピースを着て、宿の従業員のふりをして歩いていくと、あっさり通過できた。
冷静に考えると、帝国軍の騎士も兵士も、私のことは「リヴィ騎士団長」としての姿しか知らないのだ。ミア第一王女の姿でウロウロしたところで、リヴィであると気づくのは……あのソードマスターのマッドぐらいだろう。
マッド。
見た目は老いた騎士にしか見えなかったのに。
瞬時に私の正体を見抜いていた。
天敵だ。
彼を警戒しながら、自分のとっていた宿へ戻ることになる。
なんとか無事、部屋に戻ることができた。急いで荷物をまとめ、白シャツにグレーのズボンで男装し、灰緑色のフード付きのローブを羽織った。
馬に乗り、サンレモニアの森を目指す。
いつ追っ手がかかるか分からない。
とにかく先を急いだ。
それでも馬を休憩させる必要があるので、どうしても無理はできない。
二度目の休憩をとっている時に気が付く。
ヴァルドは平和条約締結記念舞踏会に向かう必要がある。つまりマリアーレ王国の中心部にある王都を目指す。対して私が向かっているのは、マリアーレ王国では北の方面に当たる。つまり方角的に私を追うと、王都から遠ざかるのだ。
それを踏まえると、まずヴァルド自身が私を追うことはない。
そこは安堵していいことだった。
だが。
マッドが私を追ってきたら……?
その可能性も考えたが、マッドはソードマスター。そしてヴァルドはつい最近まで百年戦争で戦っていた、マリアーレ王国に乗り込むのだ。いくら平和条約が締結したとはいえ、日が浅い。マッドはヴァルドの護衛のため、特別に雇われたと思う。
そうなるとマッドがヴァルドから離れるわけがなかった。
何より、ヴァルドはマリアーレ王国のマリアーレクラウン騎士団の団長リヴィに、純潔を奪われているのだ。しかも男と思っていたリヴィは、女だった。
マリアーレ王国に対する警戒心は高まっているはずだ。
だからといって。
平和条約が締結したばかりなのに、いきなり戦争再開は、いくら帝国でも避けたいだろう。ゆえに平和条約締結記念舞踏会に、ヴァルドは必ず向かうはずだった。そしてその護衛にマッドは就く。
そうなるともし私の後を追うとしても、それは剣聖と言われる私なら、なんとかできるレベルの追っ手だと思う。後は数の多さが心配だが……。
大人数で追ってくることは、ないと思った。
というのも。
サンレモニアの森で、マリアーレクラウン騎士団は、避難民の救出活動をしている。平和条約締結記念舞踏会があるが、騎士団の出席は必須ではない。社交と外交は王侯貴族にお任せだった。騎士団のみんなは、今日も王都の煌びやかな世界とは無関係に、森の中を献身的に歩き回っている。そして当然だが、帝国との国境に近い場所には、意識を向けているだろう。
そこは私が意識を向けておくようにと、副団長であるノルディクスに、指示を出していたのだ。そしてヴァルドはあの宿場町に、数日前から滞在している様子だった。当然、国境付近をマリアーレクラウン騎士団が警戒していると、気づいているはずだ。はず、ではない。気づいている、ヴァルドなら。
ならば私の追っ手は少人数にするだろう。そうしないと目立ち、マリアーレクラウン騎士団が反応するだろうから。
そしてヴァルドやマッドではない、少人数の追っ手なら、私で対処できる。
それを悟ると焦りが消えた。
強行軍は止め、適正な休憩をとり、サンレモニアの森を目指すことができた。
こうして。
まずはサンレモニアの森に着き、そこで馬を降り、森の中を進むことになる。
計画通りの距離を進み、途中、イノシシを一頭仕留め、野営の準備を行った。
単独の野営は危険が伴うので、いくつかトラップを仕掛ける。
ヴァルドの追っ手も気になるが、野生の獣も意識する必要があった。
こうしてトラップを仕掛け、まずは川で水浴び。
その後は焚火でイノシシ肉を焼いて、お腹を満たす。
満腹になると、さすがに疲れた。
昨晩のあれやこれやで、実は筋肉痛になっていたということもある。
早々に眠りに就いた。






















































