【番外編】突然の来訪者(16)
「お前から話すといい」と皇帝陛下に言われたヴァルドは、先程の一件、ナディアとカファルのことを報告した。
ヴァルドの話を聞いた、玉座に座る皇帝陛下は、「何だと!?」と仰天している。サンド共和国から、ランド一族の次期後継者候補であるカファルが単独、宮殿に乗り込んでいたのだ。驚きもするだろう。
「それでナディアとそのカファルは?」
玉座のあるひな壇と向き合う形で皇帝陛下と謁見しているヴァルドは、ナディアとカファルの二人が既成事実を作っている最中であると明かすと……。
「全く。近頃の若い者は、ルールを超えた行動ばかりだ……と小言を言いたくもなるが、それが正解であろう。砂漠の民はしきたりに厳しいからのう。……だが残念だ。灯油ランプと風の精霊の力は得難いものであったと思う」
嘆く皇帝陛下にヴァルドは畳みかける。
「父上。そこはご安心ください。ちゃんと約束を取り付けました」
皇帝陛下は片眉をくいっとあげ、「ほう。いかなる約束を取り付けた?」と問う。
「ナディアとカファル。二人は帰国したら婚約し、同時に二人が後継者として選ばれたと、各国へ発表することになるでしょう」
「……ということは」
そこでヴァルドは実に優雅に微笑む。
「ナディアとカファルは数年以内に新国王夫妻としてサンド共和国を継ぐことになる。そうなった暁には、灯油の採掘権を一部譲渡し、精製技術も教えてくれると約束しました。現状はそれぞれが持つ採掘権の範囲で精製した灯油の取引に応じてくれるそうです。さらに風の精霊、大地の精霊と契約しているビューネ一族、ランド一族の人間を派遣できるよう、調整することも誓っています」
「よくやったヴァルド! 二人は帝国に恩義を感じているのだな」
「御意」とヴァルドは応じているけれど……。
間違いなくナディアとカファルが恩義を感じているのは、ヴァルドに対してだろう。
つまり新たに国を統べる世代は……皇帝になったヴァルドとサンド共和国は強い絆で結ばれるということだ。それは実に喜ばしいことである。
そしてここで私は満を持して重要なことを皇帝陛下に伝える。
「皇帝陛下。僭越ながら意見をお伝えしてもよろしいでしょうか」
「無論である。なんであるか、ミア」
「サンド共和国と灯油の取引が始まるのにあわせ、灯油ストーブを開発するのはいかがでしょう。従来の薪ストーブは、平民にとって家の中心にあり、暖をとるだけではなく、煮炊きやお湯を沸かすために利用されています。ですが設置に際しては煙突が必要であり、その煙突は定期的な清掃も必要です。火力調整も慣れが必要と言われています」
皇帝が薪ストーブに自ら目をつけることはないので、なるべく想像しやすい言葉で説明することになる。
「灯油ストーブは煙突が不要で、ランプのように、持ち運びが可能になります。灯油を燃やすことで暖をとるのですが、熟練の火力調整は不要。さらに灯油ランプがそうであるように、燃焼効率もとても良いです。灯油がすぐに燃えるため、素早く暖を得ることが出来ます。定期的に掃除はした方がいいですが、煙突掃除からは解放されるでしょう。灯油ストーブが各家庭に普及すれば、帝国で冬を過ごしやすくなります」
「なるほど。ミア、それは名案であるな。ヴァルド。大臣を招集し、灯油ストーブの開発に予算を割り当てるように。そして灯油の取引についてもしっかりナディアとカファルと話しておくこと。契約書もしっかり締結するのだぞ」
「分かりました。父上」
そこで一呼吸置くと、ヴァルドは改めて皇帝陛下に尋ねる。
「わたしの報告は以上ですが、父上の方は?」
「……そうだな。ヴァルド、ミア、すまなかった」
皇帝陛下がいきなり頭を下げるので、これにはビックリしてしまう。
「つい目先の利益に目が向いてしまうのは……それにヴァルドにどれだけ助けられているかがよ~く分かった。今後は基本的にお前の意見を尊重しよう。そしてミア。そなたのような賢妃がいるのだ。ヴァルドはそれで十分じゃ。ノースクリスタル帝国は一夫一妻制。未来永劫、公妾など不要じゃ」
どうやら皇帝陛下はヴァルドと仲直りをしたかったようだ。
「皇帝陛下」
「なんじゃ、ミア」
「ヴァルドから聞きました。夏でもオーロラが見られる場所があると。ぜひそこにフロストを連れ、皆で参りませんか」
「おお、それは名案。あそこには別荘があるが、もう何年も足を運んでいない。フロストも初めて見るオーロラに感動するだろう」
この後はもう、家族の会話となり、皇帝陛下との謁見は和やかに終了した。
◇
「「ヴァルド皇太子殿下、ミア皇太子妃殿下。改めて今回はいろいろご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」」
声を揃えたナディアとカファルが頭を同時に下げる。
皇宮の庭園は宮殿の庭園と違い、人はそう多くない。そこにナディアとカファル、さらにはナディアが連れてきた使用人達が勢揃いしていた。
「気を付けて帰るように」
「お幸せに」
ヴァルドと私の言葉にナディアとカファルは顔をあげ、「「ありがとうございます!」」と笑顔になる。
ナディアとカファルはその日のうちにサンド共和国へ戻ることになった。
二人とも実は非公式での訪問。
それぞれの精霊の力を借りればすぐに帰れるが、既に既成事実ができた二人。いち早く国へ戻り、婚約することを報告したいのだろう。
「それではまたお会いしましょう」
ナディアとカファル、そして使用人たちを取り囲むようにつむじ風が吹いた。
一瞬目を閉じ、開けると、そこには誰もいない。
「風の精霊の力、すごいですね」
「ああ。魔術陣もなくあれだけの人数を瞬時に移動させられる。便利なものだ」
ヴァルドのエスコートで一旦部屋に戻るため歩き出す。
この後はドレスを着替え、夕食だった。
五人の公爵が同席する夕食は、ナディアとカファルの件を報告する場にもなる。
「ところでミア」
「はい、何でしょうか」
丁度、太い大きな柱があった。
そこに突然ヴァルドが手をつき、私の背中はその柱に追いやられる。
壁ドンならぬ、柱ドン状態にドキッとしてしまう。
少し離れた場所に護衛を務めるマッドやコスタもいるのに。
どうしたのかと思い、ヴァルドを見上げると――。
「ミアは『服を脱げ』とか『誘ってみろ』と命じられたいのか?」
これには「あ――」と、つがい婚姻の共鳴……!と叫びたくなる。
「そんな言葉をミアに投げかけるのは本意ではないのだが……」
そこでヴァルドの端正な顔が近づき、耳元でささやく。
「妻の求めには応じないとな」
熱い息が敏感な場所にかかり、昇天しそうになる。
建て前では「その必要はないです!」と言いたくなるが。
本音は……「ぜひ!」だった。
それに既に共鳴でバレているのだ。
だったらここは……。
背伸びをして、今度は私がヴァルドの耳元に顔を近づける。
「ヴァルドのお気に召すまま、命じてみてください」
前世で有名な喜劇のタイトルを思い出して伝えると――。
「ミア」
「はい」
「その希望、今すぐ応えよう」
「!? ヴァルド、それは――」
熱烈な抱擁を始める主達を見て、歴戦の猛者は口笛を吹き、まだ若い騎士は婚約者のことを思い出す。
6月。
ノースクリスタル帝国は、間もなく夏を迎える――。
お読みいただき、ありがとうございます!
突然の来訪者はこれにて「終」です。
この次の番外編は彼と彼女の恋物語で
3月10日より公開を開始します☆彡






















































