【番外編】突然の来訪者(15)
「ヴァルド」
「父上」
父と子の声が重なり、皇帝陛下は「お前から話すといい」と苦笑している。
通常こういう場では、皇帝陛下から話すもの。
それなのにヴァルドから話すようにと促した。
この時点で皇帝陛下はヴァルドに歩み寄るつもりであることが……伝わって来ていた。
◇
ヴァルドから「君は好きな相手がいるのでは?」と問われたナディアはハッとした表情になり、そして……素直になった。
涙をポロポロとこぼし、ヴァルドに自分の気持ちを打ち明けた。
つまり。
ナディアには好きな人がいる。
そのナディアが好きな相手と私は一緒にいて、ヴァルドとナディアの様子を見守っていたのだ。
宮殿のいくつかの部屋には覗き穴が設置されていた。
覗き穴があるのは、敵国の使者などが滞在する場合に案内される部屋だ。壁や天井に穴が開いており、でもそれは絵画や装飾品でカモフラージュされていた。でもその穴から、室内を覗き見することが可能だった。勿論、よほどの小声でない限り。会話も筒抜けだ。
この覗き穴は、何か悪さをしないか見張るためのもの。そして今回、私とナディアの想い人は、壁に開いたその穴から、ヴァルドとナディアの様子を見ていたのだ。
ヴァルドが途中から冷徹な皇太子となり、「体は男をそそるに足る。だが実際、男を悦ばせることが出来るのか。見せてもらおうか」とか「ならば今すぐに服を脱ぎ、わたしを誘う仕草の一つでもしてみせろ」なんて言い出した時は――。
それは演技であると分かっている。
でもとてもドキドキし、ヴァルドに言われてみたい……なんて思ってしまったが。
私の隣にいるナディアの想い人は実に初心であり「ほ、本当に皇太子殿下はナディアに手を出せないんですよね!? あんな風に腰を抱き寄せ……な、なんてことをふ、太腿に……!」と言い出し、叫びそうになっていた。
でもヴァルドから問われ、ナディアは素直な自分になった。
「殿下は……全部お見通しなんですね。おっしゃる通りです。私は……ランド一族のカファルのことが好き……。でもカファルは私のこと、恋愛対象だとは思っていないと思います」
これを聞いていたナディアの想い人……カファル・ランドは「そんなことはない! 僕だってナディアを好きなんだ。だからこそ、帝国まで追いかけてきたのに……」と、私の隣で切なそうにしている。
その一方でナディアはこんなことも打ち明ける。
「それに後継者候補に選ばれ、カファルと会わなくなって数日したら……。カファルが婚約するかもしれないという話を聞いたのです。相手は現国王のバーン一族の娘とのこと。現国王に取り入り、後継者に選ばれるべく動いている。もしそれが事実なら、もうカファルと私は……始まってもいませんが、終わったと思いました」
これを聞いたカファルは私を見て、「ナディアに会わせてください。お願いします」と頭を下げる。
こうなる可能性をヴァルドは想定していた。
そして私に「もしカファルがナディアと会いたいというなら、会わせよう」と言っていたのだ。
よって私はカファルを連れ、ヴァルドとナディアがいる寝室へと向かう。
扉の鍵は内鍵だが、既にヴァルドが魔術で開けてくれている。
こうしてカファルとナディアは再会となり――。
「あの、ヴァルド。寝室で二人きりにしてしまったのですが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫、というのは、どういう意味でだ?」
「! もうヴァルドっ!」
クスリと笑うとヴァルドはこんなことを言う。
「ナディアとカファル。このままサンド共和国へ戻っても、再び大人の思惑で引き離されるだろう。そうならないために、既成事実を作るしかない。ミアとわたしのように。砂漠の民は一度でも関係を持った女性とは、婚姻することがしきたりだ。それが彼らの信じる神の教えでもある。二人が結婚すれば後継者問題も解決だ。良き国王と女王となり、国を治めるだろう」
やや強引な方法に思えるが、でも確かにこの方法が一番丸く収まる気がした。
「それにしてもヴァルドはすごいですね。外壁に近いあの小さな噴水広場で精霊の力の痕跡を魔術で確認し、カファルの居場所をつきとめてしまったのですから」
そう、そうなのだ。
ナディアがヴァルドの公妾になりたいと宣言した日の夜。
一人中庭を歩き回った私は外壁近くの小さな噴水広場に辿り着いた。
そこへ突然現れた、ランド族の青年。
彼こそナディアの想い人であり、幼なじみであり、共に次期後継者候補になってしまったカファルだったのだ。
私はナディアを狙った刺客なのかとさえ一瞬思った。一方のヴァルドは、突然、宮殿へ危険を顧みずに現れたランド族の青年を、皇族やナディアに対する刺客だとは考えなかった。
「単独行動。しかも魔術が異常を検知し、矢の雨を降らせた時、ミアのことも守っている。刺客はそんなお人好しでは務まらない。むしろナディアを心配し、追いかけてきた人物だと考える方が妥当だ」
ちなみに雨のように降って来た魔術でコントロールされた矢ではあるが、皇族には命中しない仕様になっている――とヴァルドは教えてくれた。
「さらにカファルに話を聞くと、ナディアを想っていることがすぐに分かった。その上で、ナディアはわたしを好きだと嘘をついている。そうなるとナディアはわたしを隠れ蓑にし、想い続けたい相手がいるのではないかと推測できた」
ここからヴァルドはあの作戦を思いつく。
つまりはナディアは、ヴァルドが私への強い愛ゆえに、自身を公妾に迎えても、絶対に手を出さないと思っていた。そしてその身はもう二度と会えないカファルに捧げるつもりでいたのだ。それを見抜いたヴァルドは、あのドキリ発言「本意だというのなら、このままここで処女を散らすがいい」につながる一連の作戦を思いついたわけだ。
追い詰められたナディアは全てを明かし、そしてカファルと今頃……。
一方のヴァルドと私は、皇帝陛下に会いに行った。
そして見事に声がシンクロし、皇帝陛下はヴァルドに先に話すよう、促したのだ。






















































