【番外編】突然の来訪者(14)
偶然の出会い。
エスコートされ、歩いている間。
この寝室に入るまでのヴァルドは理想的な皇太子だったのに!
だが今は豹変している。
「……このままここで処女を散らすがいい」
冷たい眼差しのまま、そう言われたナディアは、これまでの策士の顔から一転。
叫んでいる。
「で、殿下! 申し訳ありません。公妾になることは本意ではありません!」
「では何のために公妾になるなど言い出した?」
「そ、それは……」
「この期に及んで、まだ言い逃れの算段を立てるつもりか?」
一旦は下ろされた太腿を再び持ち上げられ、ナディアは小さく悲鳴をあげ、早口で答える。
「争いたくなかったのです! ランド一族のカファルと」
「ランド一族のカファル? もう一人の後継者候補か?」
「そうです! カファルと私は元々長馴染みなんです」
そこでヴァルドが持ち上げていたナディアの太腿から手を離す。よろめくナディアを支えると、ヴァルドは彼女をベッドに座らせる。だが自身はベッドに腰掛けることなく、ナディアと距離をとり、問い掛ける。
「なぜカファルと争うことが嫌なんだ?」
「なぜって……カファルとは子供の頃からいつも一緒で、共に学び、精霊術についても一緒に探求し、切磋琢磨してきました。兄弟のような存在であり、ライバルでもあり、仲間であり……。それなのに二人して後継者候補になってから……会うことを禁じられ、それどころかカファルを後継者候補から追い落とすための計画を父親が考え始めて……」
「カファルを失墜させるようなことをしたくないと考え、勝手に帝国へ来たのか? 王の名代というのは嘘。わたしの公妾になりたいという件も、ビューネ一族の本意でなければ、サンド共和国の国王も認めたわけではないのか?」
問われたナディアは「嘘をついてごめんなさい。殿下の言う通りです。完全に独断で行動しています。連れてきた従者や侍女はみんな知りません。本当に王の名代で動いていると思っています……」と打ち明ける。
「なぜ、わたしの公妾なのだ?」
「それは……」
「ここまで打ち明けたんだ。黙る必要もあるまい?」
そう問いかけるヴァルドの眼差しはこれまでと一転している。
アイリス色の瞳には温かみがあり、ナディアは安堵の気持ちが沸き上がり、その心情を自然と吐露していた。
「まず帝国の公妾になれば、サンド共和国は手を出せません。強力な魔術を使える皇族の皆様と精霊の力を使えるサンド共和国。互角に戦える……と思う人もいるかもしれませんが、違います。帝国はそもそも国力があり、百年戦争を経験し、戦術や戦略に長けていますよね。互角になどならないと思います。それにサンド共和国はいくつもの部族から成る国。意見の一致に至るには時間がかかります。帝国を敵に回したくないと考える部族も当然いるわけで……」
「理由はそれだけか?」
問われたナディアは首を振る。
「帝国のつがい婚姻による絆の強さは、サンド共和国でも知られています。それにかつて敵同士であった国の王女と皇太子が、強烈な一目惚れを経て結ばれた。どれだけの熱愛か。既に皇子も誕生している。強い一夫一妻制の帝国で公妾になりたいと言っても、当然相手にされない。それでも灯油ランプや風の精霊の力を目の当たりにしたら、考えを改めてくれる可能性が高いと思いました」
「つまり公妾として受け入れられると?」
「はい。でもヴァルド皇太子殿下はミア皇太子妃殿下を強く愛されている。よって私を公妾に迎えても手を出さないと思っていました」
それを聞いたヴァルドはフッとその口元に笑みを浮かべる。
「それが一番の理由なんだな?」
「……そうです。ミア皇太子妃殿下に、誠実でありたいと考える殿下の気持ちを……利用しようと考えました。本当に申し訳ありません」
「だがわたしが手を出そうとして、驚いたということか」
ナディアは俯き、唇を噛み、観念した表情で答える。
「その通りです。殿下の行動は……想定外。今は試されていたのだと理解できます。でもさっきまでは、殿下が本気だと思っていました」
「まさかこんな形でボロを出してしまうとは、思ってもいなかったようだな」
「はい。殿下にまんまと一杯食わされた気分です。……ですがどうしてですか? なぜ関係を迫れば、私が降参すると考えたのです?」
ナディアに問われたヴァルドは楽しそうに笑いだす。
「わたしのことを好きだと、嘘をついたのがよくない。それならまだ『帝国で左団扇で暮らしたいからです。皇太子の公妾になれば、一生苦労せずに生きて行けそうですから』と言われた方が、よほど信じただろう。君は真意を隠すのが上手い。上手過ぎるゆえに、まだ何かを隠しているのでは……と疑うことになった点も大きい」
そでこヴァルドは、ナディアにさらにこんなことを告げる。
「だが一番の敗因はこれだと思う。君は好きな相手がいるのでは? その相手は当然わたしではない。その相手との別離を決意していたのに。純潔を捧げるならその相手がいいという考えを、捨てきれずにいた。もしその相手のことを綺麗さっぱり諦め、忘れることが出来ていたら……降参することなく、わたしに抱かれていたのでは?」






















































