【番外編】突然の来訪者(8)
「私を帝国の未来であるヴァルド皇太子殿下の、公妾に迎えてください。さすればこの灯油と風の精霊の力は、帝国のものとなります」
この提案にヴァルド以外が激震を受けた。
「なるほど。自身を祖国の次期後継者として認めろと言うのではなく、帝国の一員になりたいと? しかも公妾。一国の女王ではなく、妾などに甘んじるとは理解しかねるが」
ヴァルドが冷静に問うと、ナディアは艶やかに微笑む。
「麗しいヴァルド皇太子殿下の妃になれれば、本望です。ですが帝国にはつがい婚姻がございますよね。既に皇太子妃は決まっています。ですが公妾でしたら問題ございませんよね?」
「問題ない、だと? 帝国ではこれまで、妃はただ一人と定めている。つがい婚姻による絆はとても強いもの。妾など入り込む余地はない。それに灯油と風の精霊の力を差し出し、帝国の一員になること。それが君にとって何のメリットがあるのか。真意はまだ他にあるのでは!?」
「真意。それは……ヴァルド皇太子殿下のお側にいたい、では信じていただけないのでしょうか?」
これにはヴァルドは片眉をクイッとあげ「なに……?」と不快感を示す。
「ヴァルド、落ち着きなさい。この件については少し検討しようではないか」
皇帝陛下の言葉に、ドキッとしてしまう。
「な、父上、それは一体どういうことですか!?」
「どういうことかはこの後、隣室で話し合おうではないか」
これには五人の公爵とその嫡男達も同意を示している。
「わたしは参加しま」「ヴァルド!」
皇帝陛下に一喝されたヴァルドが私を見る。
本心ではそんな話し合いの場に出ないで欲しい……だ。
公妾? ふざけるな!だ。
だが灯油を手に入れることができれば、国が富むことに違いはない。皇帝陛下や公爵家の人々の目の色が変わることは、仕方のないこと。
「ヴァルド。私は少し疲れてしまったため、フロストの様子を見たら、休ませていただきます。……灯油はこれからの帝国に必要なものだと思います。皇帝陛下と公爵家の皆さんとは、冷静に話をしてみてください」
「ミア……」
深呼吸をして、平静を装う。
そのため、自分自身に暗示をかける。
私にはフロストがいるのだ。
つがい婚姻は絶対。
だから心配する必要はない。
それに王族として生まれた私は政略結婚を避けられない運命だった。でもヴァルドと結ばれることができた。そのことだけでも僥倖だ。
公妾なんて受け入れ難い。前世感覚からしても無理。この大陸でも一夫多妻制はごく一部。多くが一夫一妻制なのだ。
それでも。
王族として生まれ育ったことで、諦めの境地もあった。王族であり、王女である私に幸せな結婚は所詮無理なことという思いは……頭の片隅にこびりついていた。
「ミア皇太子妃殿下、残念ですわ。女同士でお話できると思ったのに」
そう言ってまたも真意の読めない黒目がちな瞳をナディアから向けられた時。
平手打ちでもしたい気持ちになるが、そこは我慢する。
「私は特に、お話したいことはございませんので。……皇帝陛下、退出の許可をいただけませんか」
「ミアが冷静でとても助かる。ゆっくり休むがよい」
「ミア!」「ヴァルド!」
ヴァルドが再び皇帝陛下に一喝されている。
さらに。
「ヴァルド。少し冷静になれ。君はいずれ皇帝になる人間。私人である前に、自分の立場を考えるべきだ。『常に冷静であれ。帝国と民の最善を考えろ、イザーク』――そう言っていた君はどこへ行った?」
イザークの言葉を聞きながら、ダイニングルームを退出する。
皇帝陛下はヴァルドに全幅の信頼を置いているが、今回のナディアの提案は、捨て置けることではない。衝突は避けられないだろうが、真剣に話し合うことになるだろう。
パタンとダイニングルームの扉が閉まる瞬間。
ヴァルドの声が聞こえた気がした。
『ミア。わたしはミアがいれば十分だ。公妾なんていらない』と。
本当に聞こえたのかしら?
私の願望に過ぎないのでは?
そんなことを思いながら廊下を見渡す。
私の退出は想定外なので、コスタの姿がなかった。
通常であれば。
護衛騎士であるコスタが来るのを、廊下に置かれたソファに座り待つべきだ。
廊下には警備の兵士もいる。
ここで待つことが正解。
だが……。
なんだか無性に一人になりたくなっていた。
コスタは護衛騎士の控え室にいるはず。
……この通路からやって来る。
ならば。
いくつか街灯がついている中庭の方へと移動する。
警備の兵がチラッとこちらを見たので、私はゆっくり指を唇へ近づけた。
高位な身分の者達が一人にして欲しい時の合図。
そこは警備の兵も心得ているので、軽く頷き、視線を逸らしてくれる。
同時に。
ダイニングルームの扉が開き、ナディアが出てきた。
私と話したいとふざけたことを言っていたが、それが叶わなかったので、部屋に戻ることにしたのか。
賓客扱いのナディアの部屋は、宮殿に用意されていた。
公爵夫人達がいたのに、彼女達との食後の談笑には参加しないつもりなのね。公妾になりたいと言っておきながら、社交性が全然ないじゃない。
変に声を掛けられるのも嫌だったので、ナディアに姿を見られないよう、中庭の奥の方へと進んで行く。
すると警備の兵もまばらな場所――外壁に近い小さな噴水広場に辿り着いてた。
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『陛下は悪役令嬢をご所望です』
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こちら本編ハピエンで完結です!
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