【番外編】突然の来訪者(2)
「もうぐっすり眠っている。きっとこのまま朝まで起きないだろう」
「ホタルの光を目の当たりにして、興奮しすぎたのね。さっきまで大騒ぎだったのに。急に静かになったと思ったら、眠ってしまったのね」
「日中、ちゃんと睡眠をとっているが、普段は寝ている時間だ。このまま寝かせよう」
ホタルを見始めて十分もすると、フロストはヴァルドに抱かれたまま寝落ちしていたのだ。
でもちゃんとホタルを見ることが出来て、フロストは大喜びだった。
とはいえ。
マッドたちはかなりの時間、ここで待機してくれていた。十分足らずで撤収するのは申し訳ないが……。
「リヴィ団長。戦場では待機――が日常茶飯事でしょう。待つことには慣れていますから。お気遣いなく」
マッドは胸にあて、優雅にお辞儀をしてくれた。
ソードマスターがこうなのだから、他の騎士も文句などなく「皇子を寝かせてあげてください」と言ってくれる。親切に感謝し、ヴァルドの転移魔術で皇宮へ帰館した。
マーニーは「まあ、もうお帰りですか!」と驚きつつも、すぐにヴァルドからフロストを預かり、ベビーベッドに運んでくれる。
「フロスト、夢の中でホタルと楽しんでね」
「また見に行こう」
ヴァルドと交代でフロストの額にキスをすると、部屋を出た。
と思ったら。
「では部屋へ行こうか、ミア」とヴァルドが私を抱き寄せる。
コスタは私達が戻ったので、慌てて駆け付けてくれたけれど。
その目の前で、ヴァルドが転移魔術を使う。
コスタの顔は、前世風に言うなら、「まじっすか……!」と言っている。
このコスタの表情は、百年戦争の最中、何度も見ていた。ヴァルドの神出鬼没に振り回された時、よくこの顔をしていたのだ。
「ミア。コスタを見て、なぜそんな笑顔になる?」
ヴァルドはいつもクールで聡明なのに。
私の感情には大変敏感!
なぜなら溺愛タイプだから!
「答えないとお仕置きだぞ?」
お仕置き……とヴァルドは言うけれど、それはご褒美でしかない。
ということで転移魔術で私の寝室へ移動していたので、ヴァルドはそのまま私を抱き上げ、ベッドにぽすっとおろしたが。
「ヴァルド、待って! ケイン大公から香り付きキャンドルが届いたの。ラベンダーの香りと情熱の香りのキャンドルが」
「そうなのか。もう完成したのか!?」
「まだ試作品の段階で、私からOKがもらえたら、商品化すると言っていました。契約書の締結は済んでいるので、量産体制に入れば、すぐに流通させることができるかと」
そこで私はベッドから起き上がり、二つの箱を取り出す。
一つはラベンダーの香り付きのキャンドル。もう一つは情熱の香り……つまりは例の気持ちを興奮させ、昂らせる香り!
「ヴァルド。どちらのキャンドルを試すか、決めましょう」
「愚問だな。分かっているだろう、ミア」
「分かっていますけど、それではつまらないじゃないですか! たまには冒険しましょう。あらかじめAとBと書いた紙を用意し、リカに箱にいれてもらいました。どちらの箱にどの紙が入っているか分かりません。ヴァルドはAかBかを選んでください!」
ヴァルドは私の言葉を聞くと、ゆったりとベッドに腰を下ろす。
「さあ、あの魅惑の香りのキャンドルの箱には、Aと書かれた紙が入っているのか。それともBと書かれた紙が入っているのか。選んだ方のキャンドルをつけましょう。いざ、勝負です!」
ちょっとした遊びというか、ゲームを提案してみたのだ。
するとヴァルドはその長い脚を組み、少し考え込む。
「仕方ない。ミアのその遊びに付き合おう」
そこでヴァルドはまばたきを一つすると、「そうだな……。Aで」と答える。すかさず私は「ファイナルアンサー?」と尋ねると「ああ。Aで構わない」と応じた。
ヴァルドがあまりにも堂々としているので、もしやAと書かれた紙は、情熱の香りの箱に入っているの!?と焦ってしまう。
だが今回、紙を箱に入れたのはリカであり、リカはこの寝室にはいない。さらに共鳴できるのは、私とフロストとヴァルドの三人だけなのだ。
答えは分かるはずがない。
それなのになぜこんなに堂々とできるの!?と思ったが……。
すぐに思い出す。
組織のトップに立つ者は、常に堂々とすることが求められる。特に戦場において、指揮官の動揺は従う者達に混乱を招く。
私は既にリヴィ団長ではない。でもヴァルドはいずれは皇帝に立つ身。よって今も変わらず、こんなに自信に溢れているのだ。
そう考えると……。
当たったら当然という反応だろう。
もしハズレてもヴァルドは……気にしないように思えた。
え、もしかしてこのゲーム、最初から私の負け?
さらに言えば、例の香りの箱には、Aの紙が入っている気がしてならない。
そうだとしても。
「ではヴァルド、確認してみましょう」
情熱の香りが入った箱の紙を、私は取り出した。






















































