【番外編】突然の来訪者(1)
新緑の季節の後。
前世ではそのまま梅雨に突入していた。
それは恵の雨でもある。
降雨量が少ないと、農作物に影響を与え、その後の水不足など、問題になってしまう。
その一方で、雨曇りの日には片頭痛になる人もいて、梅雨が苦手という声もあった。
私はと言うと。
前髪の一部が癖毛で、いつも梅雨になると変なうねりがでて困っていた。
だがこの世界は……。
6月は梅雨ではない!
一年で一番、過ごしやすい季節。
それは大陸全土で共通のこと。
夏程の暑さはなく、晴天が続き、しかも日没の時間が20時過ぎ!
つい夜更かししたくなる季節でもあるのだ。
「マァマ、まだ?」
薄手のローブを着たフロストが、落ち着かない様子で窓から外を見ている。
「もうすぐパパが来るわ。そうしたら出発よ」
普段であればこの時間。
フロストは眠っている。
でも今日は特別。
なぜなら。
これから宮殿の敷地内にある森の川へ行き、ホタルを眺めるのだ!
この世界にもホタルが存在しており、丁度今ぐらいの季節から光り始める。そしてフロストにはホタルが登場する童話を読み聞かせしたところ「ホタルはいるの? ぼくもみることできるの?」となったのだ。
これを知ったヴァルドは……。
「ホタルか。宮殿の敷地にある森には小川がある。清流であり、皇族以外は立ち入らない場所だ。毎年のようにそこでホタルが見られる。……まさかこの年齢でホタルを見たいと言い出すとは思わなかったが、好奇心が旺盛なのはいいことだ。それに関心が強いうちに行動する方がいいだろう。今晩ホタルの出現状況を確認させるから、明日以降、調整しよう」
この即決即断ができるヴァルドは本当に。
痺れる程素敵だ。
そのフットワークの軽さ。
それは百年戦争で私を苦しめたけれど、共にパートナーとして生きていると、頼もしくて仕方がない!
「ミア、そんなにわたしのことが好きなのか?」
つがい婚姻による共鳴!
私の心はヴァルドにだだ漏れ。
でも好きなのかと問われたら。
「……大好きに決まっていますよね」と当然答えることになる。
するとヴァルドは私をメロメロにする笑顔を浮かべ、腰を抱き寄せて……。
甘い、甘い夜の始まり。
という昨晩のことをつい、思い出していると、ヴァルドが部屋にやって来た。
「すまない。父上に急に呼ばれて……本当は父上と母上も同行するつもりだったが、急な会議があるゆえ、わたし達三人で観賞するといい言われた」
「何か、問題でも?」
「問題、という程のことではない。サンド共和国の王の名代がわたしの婚約を祝うために訪問したいと伝えてきた」
サンド共和国。大陸の中央にある砂漠の大国だ。
帝国とは違う系統の魔術……魔術とは少し違う。
精霊の力を使った、精霊術を使う一族が治める国だ。
といっても砂漠は広大で、いくつもの部族が存在しており、その部族はそれぞれ契約している精霊が異なる。各々の一族が独自の力を持っているのだ。そこで各部族の代表が、共同で国を統治する『共和統治体制』を構築していた。
「サンド共和国の訪問……もし風の精霊と契約している一族なら……」
「明日にも帝国へ来てしまう。ゆえに緊急で会議となった」
砂漠の民は自由の民と評されるが、そのゆえんが風の精霊と契約している一族にあった。彼らは風に乗り移動ができる。つまり空を自由に飛べるので、転移魔術と同様で移動が可能なのだ。一族を構成する人数は少ないが、サンド共和国の中ではかなり力がある一族でもあった。
「まあ、彼らの件は父上が……皇帝陛下が今日のところは対応してくれる。心配ない。さてフロスト、待たせてしまったな。ホタルを見に行こう」
そう言うとヴァルドは、フロストを愛しそうに抱き上げた。
こうやってフロストに愛情を注ぐ時のヴァルドは実に素敵なパパの顔になる。そんなヴァルドにぎゅっと抱きつくフロストもまた、大変愛らしい。
「さあ、ミア」
フロストを左腕に抱きかかえると、ヴァルドは右腕で私を抱き寄せる。
親子三人。幸せを感じる瞬間だ。
「では小川へ移動する。先に小川で待機しているマッドによると、少し前からホタルが小川に現れ始めた。いい頃合いだ」
ヴァルドがそう言っている間にも魔術陣が展開される。
「パァパのまじゅつじんはきれい」
フロストが喜んだ次の瞬間には。
小川のほとりに到着している。
「陛下、お待ちしていました」
ホタルの光を見るため、明かりをつけていない。
暗闇の中でマッドの声が聞こえ、一瞬ドキッとしてしまう。
「見てください、少しずつ、輝き始めています」
マッドの声に周囲に目を走らせると……。
見えた!
淡い光が点滅したり、宙を移動している。
「マァマ、パァパ、みて、みて!」
フロストが興奮し、それはつがい婚の共鳴として、私にも伝わってきている。
ホタルを初めて見た時のは感動は一度しか経験できないと思っていた。
でも今、フロストを通じ、その光に新鮮な感動を感じることができている。
つがい婚の共鳴。
私の場合は恥ずかしい感情ばかりだだ漏れになりがちだけど……。
フロストの成長と共に共有される感情は……心を震わせるものばかりだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
【お知らせ】
その後の物語の連載開始です!
『ボンビー男爵令嬢は可愛い妹と弟のために奮闘中!』
https://ncode.syosetu.com/n2333ju/
こちらの作品を併読されている読者様。
お待たせいたしました。
その後の物語の更新を本日より開始です。
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お楽しみくださいませ☆彡






















































