【番外編】恋の始まり(5)
「これはお土産であり、贈り物です。遠慮なく、受け取ってください」
「ありがとうございます、ノルディクス様!」
宿のロビーで箱を受け取り、中身を確認すると……。
それは私が買うことを諦めた、あのショーウィンドウに飾られていたドレス!
透け感のある淡い水色のチュールが幾重にも重なり、キラキラとしたビジューが全体に散りばめられた、夢のようなドレスだった。
「ハナ様の母君のドレスは、ボタニカル柄のアンティークグリーンの落ち着いたデザインです。気に入っていただけるといいのですが……」
「寝ても覚めても植物のことばかり考えているお母さんなので、絶対に喜ぶと思います! それに私のこのドレス。本当に嬉しいです、欲しかったドレスなんです……!」
私の言葉にノルディクス様が安堵の表情になる。
それを見た私はこう思ってしまう。
もしかしたらノルディクス様は、私がショーウィンドウをじっと見ていた時から、気づいていたのかもしれない。私がこのドレスを気に入っていると知り、選んでくれたのでは……?
そこへ園芸店から戻った母親が合流して……。
この日の夜の夕食は……。
多分一生忘れられない。
お母さんと二人、ノルディクス様からプレゼントしてもらったドレスを着て。ノルディクス様の案内でとても素敵なレストランに連れて行ってもらった。
私とお母さんが緊張しないで済むよう、格式ばったお店ではなかったが、料理の味は最高。しかも窓からはいくつもの街灯に照らされた桟橋が見え、とてもロマンティック!
翌日はノルディクス様と二人の従騎士と共に、サンレモニアの村へ戻ることになった。
森の入口まで迎えに来てくれていた戦士の役目の村人は、ノルディクス様の一日早い登場にビックリ。でも沢山の荷物を抱える従騎士を戦士が手伝い、私達は村へ無事到着。
私達を迎えたおばあちゃんは……。
「おや、団長さん。一足早いお越しだねぇ。どうやら村を気に入ってくれたようだね」
「はい。とても気に入っています。これで三日間滞在できます」
三日間。
たった三日間しか、ノルディクス様は村に滞在できない。
しかしそれは仕方ないこと。
騎士団の団長が暇なわけがなかった。
それでも当初予定は二日の滞在だったのだ。それが1日増えた。前向きに考えよう!
「ノルディクス様、春の花が咲き誇っている場所があるんです! せっかくなのでご案内します」
こうしてノルディクス様が帰ってしまうまでの三日間。
私は村の隅々から森のあちこちへ、ノルディクス様を案内した。
◇
それは…… ノルディクス様が帰ってしまう前日の夕方のこと。村から少し足を伸ばし、滝を見に行った帰りのことだった。
番犬としてピピを連れていたが、私とノルディクス様と二人きり。それを認められたのは…… ノルディクス様が騎士だからだ。しかも騎士団長。
「ハナ様、そこの少し開けた場所から、もしかすると夕陽が見えるのでは?」
「あ……そうですね。多分、見えると思います」
「村はもうすぐそこですよね。夕陽を見てから戻りませんか」
夕陽……。
そんなわざわざ見るようなものに思えないけれど、ノルディクス様が見たいと思うなら、喜んで!だ。
「はい。そうしましょう!」
そう応じ、道を少し逸れた、開けた場所へとノルディクス様と一緒に向かう。
空はこれから夜になるとは思えない程、輝いている。赤とオレンジが溶け合い、太陽は黄色く光っているように見えた。
「百年戦争の間、夕焼けを見る度にホッとしていました。今日も一日、生きることが出来たと。当時の僕は副団長だったので、団長が生きていることに、まず安堵しました。そしてコスタや仲間の騎士達もちゃんと生きて戻って来れたと、安心出来たのです」
ノルディクス様から百年戦争のことを聞くのは初めてだった。
でもそうなんだ。
夕陽を見てそんな気持ちになっていたなんて……。
村では戦禍から逃れた人を受け入れていたものの。
百年戦争そのものは、どこか遠い場所の出来事に思えていた。でもその戦いに身を投じていたノルディクス様は……。
沢山の修羅場をくぐり抜け、今があるのかもしれない。
「百年戦争が終わり、その後は……思いがけない形で団長に就任し、想いが募る2年間を過ごしました」
想いが募る2年間……。
ノルディクス様は、本当は婚約する予定があったと聞いている。でもそれは相手の都合でなくなったと。
もしかしてノルディクス様は、そのお相手のことがまだ気になるのかな。
「僕は不器用な人間なので、気持ちの切り替えが簡単にできるわけではありません。それでもハナ様と知り合い、少しずつ整理がついて来ました」
そう言うとノルディクス様が笑顔で私を見た。
夕陽を受けたノルディクス様の髪が、赤く輝いて見える。
「ハナ様との文通、これからも続けていいですか」
「勿論です! ……文通もいいですが、こんな風に会えるのも……」
照れ臭く、その先が言えない私に、ノルディクス様は……。
「夏になればバカンスシーズンでまとまった休みを取れます。良かったら王都を案内しましょうか? 妹や僕の家族にも、ハナ様のことを紹介したいです」
「王都……! 本当ですか! ぜひ行ってみたいです!」
この時の私は王都に行ける!──そのことで頭がいっぱいだった。まさか生まれて初めて行った王都で、サプライズが待っているなんて。想像すらついていない、17歳目前の暮春の一日が終わろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次の新エピソードはミアとヴァルドの物語に戻ります。
新キャラも登場しますよ~






















































