【番外編】恋の始まり(3)
「失礼というのは、見知らぬレディの腕を強引に掴むことだ。折られたくなければ、手を離すんだ」
一瞬。
夢を見ているのかと思った。
だって。
私の腕を掴んだのっぽな男の、もう一方の腕をねじり上げているのは……ノルディクス様だったのだ!
「なんだ、お前、邪魔するんじゃねーぞ!」
唾を飛ばしながら巨漢の男が、持っていた酒瓶を振り上げた。
「ノルディクス様、あぶない!」
そう思って叫んだけれど……。
ノルディクス様はのっぽの男の腕を掴んだまま、もう片方の手ですばやく剣を鞘から抜き、巨漢の男の鼻先に向けていた。
「問おう。マリアーレクラウン騎士団の団長を相手に、本気で喧嘩を始めるつもりか?」
「……!」
巨漢の男は酔っていたはずだ。
だがその顔は瞬時に素の状態に戻ったように見えた。
「ま、まさか……」と巨漢の男。
「申し訳ありません! 祖国の英雄であるマリアーレクラウン騎士団の団長に手をあげるなど、自殺行為。しません。ごめんなさい」とのっぽな男は言うと、私から手を離した。
「酒を飲んで、気持ちが大きくなっていたのだろう。だが君たちに暴言を吐かれ、腕を掴まれた彼女の身にもなってみろ。今すぐ、警備隊の屯所に出向き、一晩頭を冷やせ。もし逃げれば騎士団長である僕の名をかけ、君たちのことを追い詰めることを誓おう」
「行きます! 屯所に行きます。ごめんなさい!」
二人はその場でひれ伏して謝罪した。
もう私はビックリして、口をぽかんと開けていることしかできない。
ロマンス小説ではこういう時。
激しい戦闘になり、悪党を罰する。
それはそれでドラマチックでいいと思う。
でも言葉だけで相手を制することができるのは……それこそ真に強い証拠では!?
「では今すぐ、屯所へ向かえ」
「「イエス、サー!」」
起き上がった二人は足をもつれさせながらも走り出す。
周囲にいた男女は私同様で口をぽかーんと開けていた。
私はその様子を見て、慌てて口を一度閉じ、ノルディクス様に御礼の言葉を告げる。
「ノルディクス様、ありがとうございます! ……ですがどうしてこちらに?」
「それは……その、訪問すると伝えた日に到着できないと困ります。サンレモニアの森は獣も出ますし、村までの道のりは平坦ではありません。よって少し早めに動くことにしたのですが……早過ぎたようです……」
うん。確かに早い!
一日早いと思う!
「ハナ様はどうしてこちらへ?」
そこで私はおばあちゃんの腰痛の塗り薬を買うため、母親とこの街へ来たことを話した。そして母親が園芸店に行っている時間を使い、ブティックを見ていたことを明かした。
「本当はこの二本先の表通りにあるブティックを見ていたんです。でもそこで売っているドレスはどれも高いもので……ここでは比較的安価に手に入るドレスもあると聞いたので、来てみたのですが……」
そこでチラリと近くのお店のショーウィンドウに目を向け「でもなんだか私の想像とは違って……」と言うと、ノルディクス様は「なるほど」と頷く。そして――。
「母君と泊まられる宿までお送ります。この通りはハナ様が来るような場所ではありません。この通りの奥には娼館が立ち並んでいます。つまりこの辺りにあるお店は、娼婦のためのドレスを販売しているお店や、男性客が娼館へ足を運ぶ前に立ち寄る飲食店が立ち並んでいるのです。確かに表の通りに比べ、値段は安いでしょう。ですがここは君が来るような場所ではないです」
これには「!」と驚き、そんな場所に一人でのこのこやって来てしまった自分に恥ずかしくなる。
何よりお金がないからこうなった。
おばあちゃんの言う通りだ。
王都の貴族の令嬢が買うようなドレスのお金、私は持っていなかった。
気分が……一気に落ち込んでしまう。
「大丈夫です。ここがどんな場所であるか、知らなかったのでしょう?」
そう言ってノルディクス様は、私に自身の手を差し出してくれる。
これは……私をエスコートしてくれるのでは!?と心臓が高鳴ってしまう。
ドキドキしながら、白手袋をつけたノルディクス様の手に自分の手をのせる。
「では行きましょう」と歩き出すノルディクス様は……。
王子様だ……!
ヴァルド皇太子も王子様だった。
いや、本当に皇子様だったけれど。
ノルディクス様も騎士を超え、王子様に見える。
ぽーっとなりかけたが、ふと気が付く。
なぜノルディクス様は娼婦やその客が利用するようなお店がある通りにいたのかと。
……もしかして娼館を利用するつもりであの通りにいたの……?
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