【番外編】忘れえぬ思い(おまけ)
ルアンナは最後にリヴィ団長からチョコレートコスモスを受け取ると、兄であるケイン大公と同じ、白水色の瞳に涙を浮かべた。
「レディ。君の笑顔を覚えていたいです。だから……泣かないでください」
そう言って優しく頬に触れると、ルアンナは涙をグッと堪えてくれた。そしてせいいっぱいの笑顔になり――。
「さようなら、リヴィ様。あなたのことは一生忘れません」
貴族ではない、大公の使用人の一人。
だがルアンナは完璧なカーテシーをすると、くるりと背中を見せ、ゆっくりと歩き出す。
私に背中を向け、振り返ることはない。
でもその小さな肩が小刻みに震えているのが分かる。
リヴィ団長に見せるわけにはいかない。
彼の中の自分は笑顔でありたいから。
でも涙をこらえることはできなかった――。
最後まで振り返ることなく、ルアンナは去って行った。
出会った時はまだ幼い少女のようだったのに。
去り行く彼女はしっかり大人の女性だった。
リヴィ団長を思い出に、ルアンナは帰国し、そして予定通り子爵と結婚する。
どうか。
その未来に幸あらんことを。
そう願い、そして。
なんだかしんみりしてしまう。
「どうやら無事、終わったようだな」
ふわりと空気の揺れを感じると、ヴァルドがすぐ後ろに現れた。魔術の痕跡を感じる光が一瞬見えている。
「ヴァルド……」
まさに切ない気持ちのタイミングでヴァルドが現れてくれたので、私はうるうるの瞳で彼を見上げてしまう。
すると――。
「麗しのリヴィ団長をちゃんと演じることはできたか? キスの一つぐらい、してあげたのか?」
「! き、キス!? そんな! まさか! キスは神聖なものです! それは心から愛する人としかダメです!」
「……なるほど。リヴィ団長はそんな価値観を持っていたのか。だからなのか。あの日の夜、唇へのキスだけはしなかったな。それ以外は容赦なくキスの雨を降らせていたのに」
ヴァルドの言葉に、さっきまでの苦しい気持ちは吹き飛び、全身が一気に熱くなる。
だって確かにあの晩。
私は……ヴァルドの唇以外は……全て奪ったと思う。
なぜなら。
ヴァルドの肌はシルクのような触れ心地で、滑らかで、適度な潤いがあり、とても気持ち良かったから……って、違う! そうではなく!
「そんなに顔を赤くして……。その姿でわたしを煽るな」
「!?」
「見ている者はいないだろうが、万一がある。部屋へ戻ろう」
そう言うとヴァルドはふわりと私を抱き寄せる。
魔術陣が輝き、瞬きをした後、そこはヴァルドの寝室だ。
「えっと……ヴァルド、執務は?」
「丁度、ティータイムだ。最大一時間の休憩が認められている」
そこで私は「まさか!」と驚きと期待の気持ちが入り乱れる。
「どうせミアはこの軍服を脱ぎ、ドレスへ着替えるのだろう? ならばわたしが手伝おう」
「え、て、手伝う!?」
「軍服を脱ぐのには慣れている。脱がせる方も問題ないだろう。何と言ってもドレスを脱がせるより、楽だからな」
そう言うとヴァルドが、私の着ている上衣のボタンを外し始める。
「ま、待って、ヴァルド!」
「なぜ?」
「な、なぜって……え、だって! 私は今、リヴィ団長で……誰かに見られたら……」
「ここはわたしの寝室で、カーテンもちゃんと閉じてある」
そこで目を走らせた私は「確かに!」と気づく。
ティータイムの時間なのに、カーテンを閉じているなんて……つまりは最初からそうするつ……。
思考停止になるのは、ヴァルドがキスをするから!
私はそのキスでフリーズしてしているのに、ヴァルドの手はしっかり動いている。
リヴィ団長の儀礼用の軍服の上衣を脱がし、タイも外しているではないですか!
さすが軍服に慣れているだけあり、手慣れている。
それにもう、ズボンのベルトに手を掛けているではないですか!
「ヴァルト、着替えのドレスがないわ!」
「問題ない。後でちゃんとリカを呼ぶから。わたしは執務に戻るが、ミアは湯にでもつかってから、ドレスに着替えればいい。……まあ、その元気が残っていれば、だが。一時間あるからな。ポーションも用意するか?」
「!? ヴ、ヴァルド、昨晩と今朝も……え、それなのに、その元気はどこから!? うんっ!」
そこからは先はもう……頭の中は真っ白になる。
軍服の下にコルセットなんてつけていない。
晒し布はあるけれど、その先は――。
あっという間に私の素肌に到達したヴァルドは「やはり軍服の方が脱がすのが楽だ」なんて気楽なことを言いながら、あちこちにキスをするから……。
一人の少女の恋にほろ苦い気持ちになっていたが。
ヴァルドに抱かれ、その悲しさを紛らわすことができた。
今日という日はルアンナにとって、終わりであり、始まりだと思う。
彼女はまだ若い。
年上の子爵の愛を知り、きっと幸せを見出せるはず。
そんなことを想う春の日の午後だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ふとあともう一話と思いつき、そして勢いで書いてしまいましたー!






















































