【番外編】忘れえぬ思い(12)
報われない恋。
うたかたの夢のような想い。
ただ、御礼を伝えたい。
自分の名を教え、存在を知ってもらいたい。
相手の名前をせめて知りたい。
非嫡子であることを気にせず、結婚を申し出てくれた男性がいる。相手は婚姻経験もあり、20歳も年上。だが自身は初婚で、まだ若い。ロマンス小説を読み、同年代の男性との出会いを夢見たこともあっただろう。
でもこの世界。
結婚は自分の意思ではどうにもならないことが多い。利害が優先され、当事者の気持ちが置いてきぼりになるのが当たり前のこと。
そんな中、まるで小説のヒロインとヒーローが出会うような場面を経験してしまった。
最後に一度だけ。
会いたい。
その一度を思い出に生きて行きたい――。
そんなささやかな願いを断るなんて。
私にはできない。
私自身、報われない恋を経験したようなもの。
相手はかつての宿敵。
しかも無理矢理その純潔を奪ってしまったと思っていたのだ。
嫌われる、殺したいと思うほど憎まれている。そう絶望していた。
本当は初恋の相手。
しかも子供まで授かった。
それでもこの想い、あきらめるしかないと、何度も思ったのだ。
私の場合、奇跡的にヴァルドも好意を持ってくれていたことで、今がある。
でもケイン大公の妹、ルアンナ・アンジェリー・ブルクセンは違う。
彼女がリヴィ団長と結ばれることはない。
本当に永遠の平行線で終わるのだ。
「なんとかその騎士を妹に会わせていただけないでしょうか。最後に一度だけ会えれば、妹もあきらめがつくと思うのです」
ケイン大公のこの言葉に「……分かりました」と私は応じることになる。
「ヴァルド、いいですよね? 相手は女性。そして婚約者もいて、間もなく結婚する身です」
「ああ。事情は理解した。最後にリヴィ団長に会えることで、ケイン大公の妹は前に進めるはずだ。未完で終われば、一生想いは残る。『あの時、なんとしても探し出し、御礼を伝えていたら……』と後悔し続けるだろう」
執務室へ戻る前。
皇宮の部屋まで送ってくれたヴァルドは、そこでぎゅっと私を抱きしめる。
「わたしだって同じような想いを経験した。想定外でミアと結ばれ、その後、君は姿を消してしまった。居場所は分かっている。フロストだって授かっている。会いたいという気持ちを二年間も募らせたんだ。片時もミアとフロストのことを忘れられなかった」
「ヴァルド……」
「大公の妹と二人きりで会えるよう、皇宮の温室を使っていい。そこはガラス張りの建物だが、周囲をブラックソーンの生垣で囲まれ、その生垣の前に警備兵もいる。誰も近づけないし、噂好きの貴族も寄り付かない場所だ」
こうしてヴァルドの提案で、ケイン大公が帰国する前日の午後、ルアンナと会うことになった。
「ミア皇太子妃は、まるでカメレオンですね」
「どういうことだ?」
「素敵なイブニングドレスに着替えたら、それはもう帝国中の殿方をメロメロにしてしまう令嬢です。ですがこうやって儀礼用の軍服に身を包むと……。もう男装が板についていらっしゃるから、動きも騎士そのもの。しかも背筋もすっと伸び、目もきりっとされて。ちゃんと見えます。リヴィ団長に。きっとこの凛々しいお姿を大公の妹さんも、一生忘れないでしょうね」
リカにそう指摘された私は、苦笑するしかない。
でも確かにリカの言う通りだと思った。
マリアーレ王国の騎士団長の儀礼用の軍服は、深みのある深紅。装飾品はゴールド。マントは黒。
一度見たら忘れられないだろう。
必要に迫られ、私は百年戦争の間、リヴィ団長を演じた。しかし今は皇太子妃になったのだ。男装の必要はない。
でも。
今日は完璧なリヴィ団長となり、ルアンナに美しい思い出を残してあげよう。
こうして私は待ち合わせ場所となっている皇宮の温室へと向かった。
ヴァルドの言う通りで、温室にも、その周囲にも。
誰もいない。
一人温室を歩いていると、コスモスの花を見つけた。
コスモスと言ってもあのピンク色ではない。チョコレートコスモスと言われる、深紅のような色合い。
まるで僕が着ている軍服のような色だ――なんて思ってしまう。
それにしてもなぜ春なのにコスモスが……?
コスモスと言えば、この世界でも秋に咲く花。
これはきっと初冬に種をまいたので、季節外れとも言える春に、花を咲かせているのだろう。
温室であるからこそ、奇跡的に咲いている。
だがこの温室を出れば、きっと枯れてしまう。
そしてチョコレートコスモスの花言葉。
それは――。
儚い恋。
つまりは恋の終わりを予感させる花言葉だ。
装備していた剣で、一輪のチョコレートコスモスを手に入れた時。
「……騎士様」という声が聞こえる。
そこで深呼吸をして私は振り返る。
最初で最後の彼女の初恋の相手として。
限りなく彼女の理想のリヴィ団長となるために。
「レディ。ようやく会えましたね」
お読みいただき、ありがとうございます~
なんだか新境地の番外編でした!
主人公は最初、男装で登場でした。
よってこちらはならではのエピソードに出来たと思います♪
次のお話はとある人登場人物の恋物語(全5話)です。
引き続きよろしくお願いいたします☆彡






















































