【番外編】忘れえぬ思い(9)
「団長、モテモテじゃないですか~!」
「うるさいぞ、コスタ!」
「だって女装した大公、完全に乙女でしたよ。目をキラキラさせて。あれはもう団長にゾッコンです。『ジョン様。ジョン様というのですね。宮殿へ会いに行きます!』って……」
結局。
ジョンと名乗り、御礼を受けると告げることで、ようやくケイン大公から解放された。馬車までの見送りはマッドに任せ、コスタと二人、あの場から退散したが……。
まさか。
女装した大公に好意を寄せられるなんて。
「でもどうなんですか? 大公が、団長は本当は女だと分かったら。どうなるんですか!?」
「知るか、コスタ! 僕にそんなことを聞くな」
「女装をしているけれど男なんですよね。で、団長は男装しているけれど、女なんですよ。それなら」
そこでフワリと風を感じ、香水のいい香りを知覚した。
「リヴィ団長。こんな場所をうろついているとは。飛んで火にいる夏の虫だ」
「ヴァルド……!」
「連行させていただく」
ヴァルドに後ろから抱きしめられた次の瞬間。
魔術陣が展開され、見知らぬ部屋に転移している。
絨毯やカーテン、天蓋付きベッドのファブリック類はすべて濃紺で統一されていた。レースのカーテン、ベッドカーテン、壁紙はアイボリー。
落ち着いた雰囲気の部屋だった。
「ようこそ、リヴィ団長。わたしの寝室へ」
「……! ここがヴァルドの寝室なんですね……!」
初めてのヴァルドの寝室にドキドキしてしまう。
本来。
結婚式を挙げた二人であれば、夫婦の夜は男性の寝室で過ごすことになる。
つまりは皇太子の部屋に皇太子妃が通う。
そして通ったことは、記録に残されるのだ!
それは妊娠が判明した際、いつの営みでそうなったのか、確認するためらしいのだけど……。
昔は本当に皇帝の子供か!?と確認するような事態があり、その日の皇帝の行動の振り返りが必要だったようで。
そのために記録を取るようにしているらしい。
そしてヴァルドと私はまだ結婚式を挙げていない、イレギュラーな状態。
皇太子妃とは認められているものの、結婚式まできちんと挙げることで、いろいろな意味で夫婦と認められる。だが現在は過渡期でもあり、私がヴァルドの寝室に行くわけにはいかないのだ。
ゆえにヴァルドが私の寝室へ来ていたわけで……。そして私はヴァルドの寝室に入ったことなかったのだけど。
こんな感じなのね。
シンプルで清潔感もあり、ヴァルドらしい寝室だった。
「状況観察は終ったか、ジョン――。リヴィ騎士団長」
ヴァルドの言葉にハッとして後ろを振り返る。
今の言葉、聞いたことがあった。
あの夜、マッドに気絶させられ、宿のヴァルドの部屋で目覚めた時に言われた言葉だ……!
「女装した大公、完全に乙女でしたよ。目をキラキラさせて。あれはもう団長にゾッコンです――とコスタが言っていたが。どういうことだ、リヴィ騎士団長?」
「え、ヴァルド、それは誤解というか」
じりじりと後退してしまう。
なんだかアイスブルーのサラサラの前髪の下のヴァルドの瞳に、嫉妬の炎が浮かんでいる気がします……!
「そもそも護衛なんて誰かに任せればいいものを。なぜわたしの最愛が大公の護衛を? それに大公は女装して、ミアは男装している。どういうつもりだ? まさか二人して変装し、逢瀬を楽しんだわけではないだろうな?」
「な、なにを言っているの、ヴァルド、そんなわけ――!」
広い寝室だと思っていたが、じりじり後退していたら、ベッドにお尻がぶつかった。
「!」
ヴァルドが私の肩を手で軽く押しただけで、簡単に仰向けでベッドに倒れることになる。
そしてこの状況もまた、あの日の夜を彷彿させるもの。
まさかと思うが、あの時の私のように、ヴァルドはベッドに膝を乗せ――。
「!」
仰向けの私に、ヴァルドはゆっくりと馬乗りになっている。
その姿は……やはりあの日の私を見るようだ。
「ヴァルド、落ち着いて。今日は――晩餐会の予定が……」
「今日はその予定はない」
そうだった。
皇帝陛下夫妻は公務でオペラハウスでの観劇があるが、ヴァルドと私はフリーだった。
今日は久々に予定がないから、フロストと三人で晩御飯を――。
ヴァルドの手が私のシャツのタイに伸び、シュルっと外してしまう。
「ヴ、ヴァルド、ケイン大公は」
「その名をわたしの寝室で口にすること。それは禁止だ、ミア」
そう言ったヴァルドは、呪文を唱え、私の両手を拘束。さらに外したタイで、目隠しをしてしまう。
「まったく。男の服を脱がす趣味はないのだが……。これはお仕置きだ、ミア。わたし以外の男を気に掛けることは許さない」
そこで最愛の名を呼ぼうとしたけれど、それは完全に彼の唇で塞がされてしまう。
同時に。
男物のシャツやズボンの上から、視界が効かない状態でヴァルドに触れられると……。
普段の比ではない程、気持ちが昂ってしまう。
まだほんの少ししか触れられていないのに。
全力疾走した直後のように、息が上がっている。
「気持ち良かったら、声を出せばいい、リヴィ団長」
あの夜の私の言葉、ヴァルド・バージョンを告げられた私は……。
完敗だった。






















































