1話 狼煙
太古、地球における最速の情報伝達手段は狼煙だった。狼の糞を燃やすことで、より視認性の良い黒く濃い煙を上げることができたとされる。
天候さえ良ければリレーすることによって遠距離を高速に情報伝達できたが、一般人が気軽に使えるものではなく、主に戦争の情報伝達に使われた。
19世紀になって、モールス信号などの電気通信手段が発達、電報サービスが使われ始める。
20世紀に入ると電話が一般人にまで普及。気軽に他愛もない会話が自由に楽しめるようになった。
21世紀にはインターネットが成熟し、SNSなどが普及。自動翻訳機能の精度も高まって地球の人々の距離感は縮まっていった。
人々は次第に、ゆっくりとだが確実に、自分の住む地域や国といったものから、全世界、地球全体へと視野を広げていく。
隣国の人々は蛮族や鬼畜や敵などではなく、同じ感情や希望や愛を持った同じ人間であることをやっと理解しはじめた。
インターネットでの国際的な人々の交流が盛んになっていくにつれ、人々は国家からの「他国は敵だと思え」という無言のメッセージを信用しなくなっていく。
無言のメッセージ、それは軍隊の存在である。
人々は次第に国家や領土を死守するために兵士になって死んでいくことを拒むようになる。巨額な費用を消費する軍隊を維持しようとする国家は次第に非難の対象になっていった。
とにかく費用対効果が悪過ぎた。軍事費に費やすより自国の貧困問題を何とかしろよという風潮に傾いていった。
国家間の様々な会議がインターネットで行われることが当たり前になっていくにつれ、国家間の境界は次第に薄れていった。
インターネットを規制する国家は変化を余儀なくされた。人々がインターネットに望むのが分断ではなく繋がりだからだ。繋がりを求めて人々はSNSに夢中になるのだ。
いつの時代でも民衆は権力者、資本家、抑圧する者と闘ってきた。一揆、反乱、革命、ストライキ、デモ、署名活動等々。
デモの日程や署名活動はマスコミが取り上げなくてもSNSなどで拡散されていく。
これらは次第に大きな動きとなり、時代のうねりとなったので、いつまでも規制し、押さえつけることなど出来なかった。
22世紀には核融合炉が実用化される。機械ロボットの発達のおかげで瞬く間に世界中に核融合炉が建設され、世界のエネルギー問題は改善していった。
核融合炉が生み出すエネルギーを使って、ほとんどの農産物も植物工場でロボットが生産するようになり、食品や日用品への加工もロボットが行うので、生活必需品の値段はどんどん下がっていった。
電気や水道、通信などの生活インフラはただ同然になる。住宅もロボットが建設したものは政府が激安で賃貸した。
エネルギー問題が改善されていくにつれ、宇宙進出も容易になっていく。
月、火星、木星へ資源調達や開発に出向き、水星、金星へも本格調査に乗り出した。
人間の進歩というものは、民衆が自らの生活がもっと楽しく、もっと楽になってほしいという望みが原動力なので、日々の生活が便利で安楽になっていくのは当然の方向性なのだ。
また、このころにはインターネット上に国際政府が誕生。次第に権限を持ち始め、国家は地方自治体の様なものに変貌していった。
もはや国家による軍隊は必要無くなり、軍人はレスキュー員や平和維持要員などにジョブチェンジしていき、核兵器を含む軍用兵器は解体または転用され、より安全性に配慮した新方式のマイクロ原子力発電所やレスキュー機器、あるいは発展途上国などでの開発のための機器として人々の生活に役立つものに変わっていった。
急速にテクノロジーが発達した状況を鑑みて、国際政府の下で人類全体の危険を予測し、予防、回避、対策するための組織として国際危険管理機構(International Risk Management Organization)IRMOが誕生した。
古代には狼煙という情報伝達手段がある意味戦争の始まりを告げたが、より発達した情報伝達手段であるインターネットが戦争時代の終わりを告げた。