5.
ノゾミがこの世界に来てひと月が過ぎた。
クラスメイトではあるがノゾミはどちらかと言うと中流階級の特待生と交友を深めているようで、貴族の中でも特に上位貴族の家の娘たちと一緒にいることの多いアリィシアとは、接する機会はほとんどなかった。
また、クラスの中ではランスロットがお目付役となっているので、自然とランスロットが普段から行動を共にしていた生徒会メンバーたちのグループにいることが多い。
この生徒会メンバーというのが少々問題で、アリィシアを除けば男子生徒だけなのである。そのうえ家柄も能力も高く見た目の良い学園内の人気者たちとくれば、羨望を通り越して嫉妬の眼差しを向けられてしまうこともあるようだった。貴族クラスでは男女のグループはなんとなく分かれているので、男子生徒達に囲まれてハーレムのようだとヒソヒソ話す声も聞こえてくる。
アリィシア相手に
『アリィシア様は良いんですの⁈殿下にあのように馴れ馴れしくされているのが不快ではありませんか⁈』
と勢い込んで尋ねてきた下級生もいた。
そのたびに、国宝とも言われる神子姫に対して不敬であることを説くけれど、アリィシア自身もノゾミの男子生徒との距離の近さが気になってはいたので、言葉に説得力が生まれない。
ノゾミは王家の客人であり、学園内で何かあったらランスロットの責任になることから、アリィシアもどのように対応するべきなのか、頭を悩ませるようになっていた。
(だって、男性と腕を組んだり、ベンチでずーっと二人きりで話し込んだり……どうなの、それは)
ランスロットと相談しなければと思うものの、自分の複雑な気持ちが絡んでいることを大いに自覚してもいるので、『嫉妬』と受け取られることが怖くてなかなか言い出せない。嫉妬ではないとも言い切れない自分の感情もある。
それに、生徒会での時間がなくなり二人が話す時間も減っている。話す時間といえば休日に行われる王宮での課外授業であったが、ノゾミの外出同行のため、ランスロットが休むことが増えており話す機会自体が減ってしまっていた。
たまの機会に様子を伺ってみれば、ノゾミのことは触れられたくないようで会話を切り上げられてしまうしでアリィシアは悶々とする日々を過ごしているのであった。
そんなとある日。
「タイイクサイ?」
クラスメイトの令嬢が口にした、聞き慣れない言葉にアリィシアは首を傾げた。
「はい、クラス毎に色分けしたチームで色々な競技を競うそうですわ。ノゾミ様のお国で開かれていたのですって。不思議な競技ばかりで、私は参加するかもう少し考えたいと思っていますの」
「タイソウギという運動用の衣装も希望者には配られるって聞いたけど、どんなデザインなのかしら。あんまりダサいのなら絶対着たくないけれど」
「オウエンガッセンでは、各チームの代表者がそれぞれのパフォーマンスを披露するという話を聞きました。生徒会の方々も参加されるそうですから、それだけは楽しみですわ」
神子姫、ノゾミが生徒会入りして一か月。学園は彼女の提案したイベントで盛り上がり始めていた。
* * *
「一人ニ種目まででーす」
その日のホームルームでは、タイイクイインとなったノゾミが、参加種目を取りまとめることになった。初めての試みなので、参加は任意らしい。彼女が白板に書き出したところによると種目はツナヒキ、キバセン、ニニンサンキャクなど、十数種類ある。参加の仕方も個人、二人組、グループ参加、クラス全体参加などバリエーションは豊かだ。
相変わらずノゾミの斜め後ろあたりにはランスロットが控えていて、少し前まではそこはアリィシアの定位置だったのが寂しい。
お昼休みの際に話していた通り、クラスメイト達は興味はあるものの、すぐに飛び付くミーハーとも思われたくないようでなかなか手が上がらない。また、生徒会から締め出されているアリィシアへの気遣いもあるのだろうと思う。
アリィシア自身は、ノゾミが悪いことは何もないと分かっているので、この行事に対して複雑ながらも否定する気持ちは全くない。それに謹慎中とはいえ自分も生徒会のメンバーなのだからこのタイイクサイには少しでも協力したかった。
ざわざわと皆が小声で相談する中、そっと手をあげる。
「あの、私に出来そうな種目はあるかしら」
「アリィシア様、参加していただけるんですね!」
キラキラした目で言われてアリィシアは及び腰になる。恋敵だと思うからなのか、最初からノゾミが苦手なアリィシアである。その上彼女は誰にでも人懐っこく、ぐいぐい来られるのが友達の少ない人間としてはつい腰が引けてしまうのだ。
「え、ええ……あまり激しくない競技なら」
「でしたら、例えばパン食い競争とか!これ、パンももらえるし私の世界ではとても人気の競技なんですよっ。しかも、苦労して再現したあんパン!」
「あ、アンパン?なにかはよくわからないけど、じゃあそれで……」
「シアはやめとけ」
話がまとまりかけたところで、ランスロットの声が響く。ざわざわとしていた教室もぴたりと静まった。
「ど、どうしてですか⁈」
「自分の娘が大口でパンに齧り付いていたと公爵が聞き付けたら大騒ぎになるぞ」
「あ、じゃあ玉入れ!これなら激しい運動でもないし」
「玉入れぇええ?網に玉を投げ入れるやつだろ?ダメだ、絶対!」
ノゾミとランスロットは周りの目などお構いなしにきゃっきゃと会話を繰り広げる。人前ではそれなりに王子様像を取り繕っているはずのランスロットも、ノゾミ相手には素が出てしまうようで言葉遣いが乱れていることに自覚はないのだろう。
そんなことに気付いてしまったアリィシアは、二人を見ていたくなくて手元に視線を落とした。
「え、なんで?」
「おっまえ……察しろ!」
「いや、ホント分かんないし!」
「だから……」
さすがに会話がダダ漏れなのはまずいと思ったのだろう、ランスロットがノゾミの耳元に口を寄せるのが視界の端に映った。
それを思わず止めたくて。
「……学園の中のことならそんなに目くじら立てられないわ」
そう言った。
視線を上げたら、二人の顔が思いの外近くて胸が苦しくなる。ランスロットはもう、その距離をノゾミに許しているのだ。
「ほら、アリィシア様もこう仰ってます」
ノゾミが誇らしげに胸を張る。
問題ない、そういう気持ちを込めてアリィシアもランスロットを見ると、
「〜〜〜っ!」
ランスロットは何か言葉にならないらしく、複雑な表情をして唸った。
「とにかくアリィシアは参加不可!なんかあって公爵が出張ってきたら、イベント自体ぶち壊しになる」
その厳しい言葉に、再び教室からしーんと静まり返った。こんな雰囲気では参加を募るどころではない。
(協力しようと思ったのに盛り下げてしまったわ……)
アリィシアがそう思って落ち込むと、
「では、そのパンクイキョウソウは私が参加させてもらおうかな」
教室の最前列から落ち着いた声が上がった。
誰かと思えば隣国からの留学生であるヴィンセント王子がすっと手を挙げている。
「ヴィンセントさん!ありがとうございます」
「ノゾミの企画なら、面白そうだからね」
「お任せください!」
ヴィンセントの言葉に、またノゾミが胸を張る。そのやり取りから、いつの間にかノゾミがヴィンセントとも交流を深めていたらしいことが見てとれた。
「あっ、各競技、事前に競技ごとの練習がありまーす」
それを聞いた女子生徒が色めき立った。興奮した雰囲気の囁き声が一斉に聞こえて、教室の雰囲気が一変する。
ヴィンセントがこの春に留学してクラスに加入して以来
、女子生徒達は遠巻きにしていたがお近づきにはなってみたいという気持ちはみんなあるのだ。事前の練習会で、ぜひお話ししてみたい、そんなところだろう。
先ほどアリィシアと話していた友人達も、チラチラとアリィシアに伺うような視線を寄越してくるので笑顔で頷いて答える。
そこからは我も我もと手が上がって、アリィシアはほっとした。
視線を感じて見れば、ヴィンセントが数列前の席から振り返って少し笑みを送ってくるのでようやく気付く。
(わたくしへの助け舟だったのね)
少し落ち込んでいたアリィシアだったが、ヴィンセントのおかげでせっかくのイベントが盛り上がってくれてありがたい。
お礼がわりにこちらも微笑んで軽く会釈を返したのだった。






