表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

4.

「きゃっ!?」


驚きでつい声を上げてしまい、口を押さえる。

反射的に振り返ると、肩を掴んでいるのは少し息を弾ませたランスロットだった。走ってきたのか、いつもは上品に整えられている艶やかな黒髪が乱れている。


「こら、教室で待ってろって言ったろ」


不審者でなくてホッとしたが、不満そうな顔でそう言われるとこちらにだって言い分がある。


「校内の案内は時間がかかるだろうから、待ってる間に済ませようと思ったのよ」


もしかして自分が気付かなかっただけで、それと知らず時間を過ごしてしまったのだろうか。答えながら、備え付けの大時計に目をやるが、ここにきてからそう経っていない。

アリィシアの返答を聞くと、ランスロットは「はぁー」と聞こえよがしなため息をついた。


「図書館に来るだろうから待ってろって言ったんだよ」

「それは気付きませんで、申し訳ありませんでした。でも一人でも図書館くらい来れるわよ。今日は返却するだけなのだし。ノゾミ様の案内はどうしたの?」

「だぁーかぁーらぁ、一人で図書館に来んなって言ってんだよ……。アイツは剣術部のほうを見たいっていうから、オスカーのところに案内してきた」


アイツーーその親しげな表現に、胸がチクリと痛む。


神子姫がこちらの世界に渡ってきたのは一月前のこと。その後、年齢の近い王子たちがこちらの世界のことを教示するための教師役をしていたという。王宮でたまに会うランスロットやオスカーは、執務との兼ね合いで疲れているようでぐったりしている様子だったから、アリィシアも詳しい話を聞くのを控えていた。


いや、控えていたと言うよりも、聞きたくなかったのだ。ランスロットが神子姫に惹かれていくかもしれない過程を。

だから、二人の会話から漏れ出てくる、距離の縮んでいく様子をただただ切ない気持ちで聞いていた。


「それで、もう用は終わったのか?」

「本はすぐ返せるけれど。でも久しぶりにここでゆっくりしたくて……あなたの用事はなんだったの?」


待っていろと言うからには、用事があったのだろう。もしかしたら、神子姫とのことかもしれない。そう思ったから落ち着いて教室では座っていられず、時間潰しも兼ねて図書館にきたのだった。


「いや、別に用事というわけじゃない。ここに来るんだろうから付き添おうと思っただけだ」


そう答えるランスロットに、前から少し気になっていたので、アリィシアは聞いてみることにした。


「付き添いって……どうしていつも、図書館に付き合ってくれるの?」


アリィシアがそう聞くと、ランスロットは目をそらして答えた。


「どうしてって……。……その、まあ……あれだよ……ほら、危ないだろ?色々……」

「いろいろってなに?この二年、危ないことなんて一度もなかったと思うけど」


そうなのだ、図書館は学園の土地内にある。中に入るのには身分の証明がなければ入れない上に、塀を乗り越えて入ろうにも防御魔法が敷かれており不可能だ。だから、付いてきたところで本当に脚立の役割しかないと言っていい。


「ある!あるよ、入学前に母上に散々脅されたんだから」

「王妃様が?」


それなら、あるのかもしれない。アリィシアが憧れている完璧な王妃殿下がそう言うならば。

それに、王妃様の言い付けであればランスロットが毎度付いてきてくれることにも納得できる。この国の第二王子と第三王子は母に頭が上がらないのだ。


「なんで母上が言うとすぐ納得するんだよ……オマエはいつもそうなんだから」


不服そうな顔をするランスロットにアリィシアは言う。


「だってエスメラルダ様は嘘ついたり誤魔化したりすることないもの」

「俺はあるってのかよ」

「ないとでも?」

「………ま、なくはないな」

「信用の問題よね」


幼い頃は今よりもさらにやんちゃだった彼に色々とだまされた経験のあるアリィシアがじとっと見れば、身に覚えがあるランスロットはついーっと視線をずらした。


「あ、なあ、ゆっくりするんだったら、あっち行こうぜ」


話題を変えようとしたのか、ランスロットが言う。


あっち、というのは別の学習スペースのことのようだった。おそらく婚約者といるレイモンドを邪魔しないという配慮でもあるだろう。母違いとはいえ声も掛けずに通り過ぎるのが、この兄弟の間に生まれてしまった距離感だった。


ランスロットの指した方向はこの図書館の中でより古い時代の建物を移築したところなので、アリィシアとしても嬉しい。

生徒会の仕事は問題ないのか気になりながらも頷く。


少し進んで二人が並んで腰を落ち着けたテーブルも椅子も百年以上前のものだ。さすがに布張りの椅子の生地は張り替えてあるが、本体の木枠の意匠がその時代の様式で彫られていてその見事さにアリィシアはほうっとため息をついた。

今日は長期休み明けの初日でいつも以上に人が少なかったから、小さいながら思わず弾んだ声でランスロットに話しかける。


「ねぇ、ここは国宝並みの建物なのよ。普通なら入って何かするなんて許されないような場所なのに、凄いことよね」

「ああ、アリィシアは好きだよな、図書館」


からかうように言うランスロットに憤慨してアリィシアは言った。


「あなたはお家が王宮だから、こういうものに見慣れてるかもしれないけど」

「シアんちだってこんなかんじだろ」


たしかにアリィシアの家はこの国随一と言ってもいい家柄であり、王城とまではいかないまでも、貴族にもそれなりに驚かれるような大邸宅である。


「でも、うちはおじい様が新しい物好きだったからお父様が代替わりする直前に立て替えたばかりなのよ。領地のほうへ行けば王城に並ぶほど歴史はある古城なのだけど」

「先代公爵が新しい物好きっていうのが、当代を見てるとなんか信じられないけどな」

「おじい様も変わり者だけど、お父様もお父様で先祖返りと言われているから……」


アリィシアの家はこの国で最も由緒ある家系の一つである。王家に何かあった時には盾となり矛となりこの国を守る責を負っていて、その分伝統を重んじる保守的な家風がある。とくにアリィシアの父親は筆頭四家の中でも石頭と有名で、その質実剛健具合はすさまじかった。


陽が昇る前から起床し、朝の祈りと質素な朝食、質が良いとは言え飾りっ気のない衣装とアリィシアは修道院のような暮らしぶりをしている。そんなだから貴族クラスとは言え学友とは話題が合うわけもなく、皆が流行物のアクセサリーやスイーツの話をしているのを羨ましく眺めているしかできない。


勉学に関することならいくらでも認めてもらえるため、せめて面白いと感じる歴史学の本を読み漁って趣味と実益を兼ねられるようになったのはまあ父親の教育方針のおかげと言えるのかもしれなかった。


「あ、ところで生徒会のことだけどさ」


さすがにそろそろ立ち入り禁止が解除だろう、そう期待してアリィシアはぱっと顔を上げる。


「ヴィンセント王子が経験したいって言ってきたから許可した」


今年留学してきた隣国の王子、ヴィンセント。貴族クラスの同級生だから、アリィシアも顔見知りだ。

三国一の美女と謳われた母王妃譲りの美貌がそのまま男性になったような顔立ちで、学園内にはすでにファンクラブが出来ていると聞く。目立つことは避けようとしているのか、能力をひけらかすようなことはないが何でもできるのだろうと窺わせるような雰囲気がある。

しかしクラス内ではいつも人に囲まれていて、アリィシアが個人的に話をする機会は今までのところほとんどなかった。


せっかくの留学だ、生徒会でランスロットと王子同士交流を深めるのは良いことだろう。

そう思って頷いたが、次の一言でアリィシアは凍り付いた。


「あと、ノゾミも入ることになったから」

「え?」

「アイツ、まだ危なかっしいから目の届くところにおいとけって父上に言われてさ」


そう言うランスロットは前を向いていてその表情はよくわからない。

国王陛下に言われたからだけではない、ランスロット自身の感情がそこにあるのではないか――。

でも、そう指摘することは、もしかしたら本人でさえ気づいていないかもしれない感情を気づかせてしまうかもしれず口にすることはできなかった。


「私は……?」


かすれそうになる声を振り絞って聞くと、こちらを向いたランスロットが眉毛をくいっと上げた。


「お前はまだ駄目。まだっていうか、ずっと駄目」

「ど、して……」

「どうしてって……」


また視線をそらし、ガシガシっと雑に髪をかき上げる。さっき乱れた髪が余計にぼさぼさになるのを眺める。言いづらい事を言う時のランスロットの癖だ。


「……春大祭のドレス」


こちらをまたちらっと見て、でもすぐに視線を外した。


「あんな露出の多い衣装を着てたじゃないか」

「露出……?そうだった?」


何とか終わった春大祭のドレスは異国の踊り子の衣装をイメージして作られていて、透けるような薄い生地を何枚も重ね、ふんわりと広がるズボンが特徴的だった。淡いすみれ色の衣装に合わせて繊細なシルバーのイヤリングやネックレス等がしゃらしゃらと鳴るのもアリィシアは気に入っていた。

この国では女性はほぼスカートだけだったのが、この衣装を起爆剤として一気に広がりつつあるのはさすがハリス夫人と言ったところだ。


スカートと違ってズボンのほうが舞う際にめくれることを気にしないで済むため、アリィシアも助かったし、毎年何かと難癖を付ける年配女性のうるさ型にもおおむね好評な衣装だった。

生地は確かに透けるように薄かったが、重ねられており一番下にもきちんと着付けているため、胸元が出るような普段のドレスよりも肌は出ていなかったと言えるだろう。


それを伝えるとランスロットは憤慨したように言う。


「肌は見えてないけど、脚のラインが丸わかりだったろ」

「かなり緩めで形なんてわかりっこなかったわよ」

「脚があることが分かれば十分エロいだろ!」

「は、はぁ?そんな目で見てたの!?変態!」

「な……っ、見たくもないのに見せられたんだ!」

「サイテー!もういい、バカ!」


そんな訳で、ノゾミは生徒会に入ったしアリィシアは依然として謹慎状態が続けられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ