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2.

一目見た瞬間から、特別な存在だと感じる少女だった。



最初に目に飛び込んできたのは黒の髪。それは少年と見間違えるほどに短く、けれど決して見誤らせないほどに可憐な顔立ちは、どこか不安げにしていて庇護欲を誘う。この国では王家にしか現れない黒髪であるにも拘わらず、黒髪と必ず揃いで現れるはずの青い瞳ではなく、黒い目。


国民ならほとんど知っているはずのその色彩は――


「神子姫様…」


誰かが、つぶやいた。同じ言葉を、きっと誰もが心に浮かべていたことだろう。

100年前に、この国を救ったという異世界からの旅人。その再来。


全学園の生徒が集められた講堂で学園長が、その少女の名前を「ノゾミ・リンドウ」だと説明する声をどこか遠くに聞きながら、アリィシアの視線は彼女の後ろで忠実なる騎士のように控えるランスロットに向けられていたのだった。


「ご降臨は王城の呪い(まじない)師によって予言されて、第三王子のオスカー様がお迎えに上がったらしい」

「神子姫様の御身は王家預かりとなって王城に住まわれているのですって」

「魔法のない世界からお越しになったのに、全属性の魔法適性をお持ちだとか」


教室に戻った生徒たちは、興奮冷めやらぬ様子で神子姫について語り合っている。このクラスの生徒は基本的に貴族であるから、親から事前に聞いていた者もいたのであろう。伝説の存在に、普段は上品な彼らも声を潜めながらお互いの情報を交換している。


そのどの情報も、すでにアリィシアは宰相である父から聞かされていた。もう一つ、この中では彼女だけが知っているであろう情報もあった。


――陛下は、王子のどなたかと神子姫を娶わせようとしている。


それを聞いたときには、アリィシアは血の気が引く、ということを初めて体感したのだった。ソファに座っていたから無様に膝をつくことは免れたけれど、足元から冷えていって視界が極端に狭くなったような気がした。そのくせ、めったに入ることのない父の執務室の重厚なカーテンの間から漏れ入る夕陽の色だの、父の苦々しそうな顔だの、目の前に置かれたティーセットの青い花柄だの、そんなどうでも良いものすら記憶に残っている。


幼いころからアリィシアは王太子であるランスロットの婚約者候補筆頭として扱われながらも、18歳になる今年まで実際に婚約の話が具体化することはなかった。それはこの日のためだったのかもしれないと、そんな気がした。


アリィシアが膝の上で重ねた手のひらを見つめていると、教室の引き戸が開く音と、数人の足音が響いた。顔を上げれば担任の教師、神子姫、そしてその後にランスロットの順でみなの前に並んでいる。どうしたってアリィシアの目はランスロットを見てしまうけれど、そのランスロットは熱心に神子姫、ノゾミを見つめていた。


ランスロットは王太子として、今まで誰とも一定の距離を保って来た。もちろん、アリィシアなどは一緒に育った幼馴染だから例外だけれども、級友の誰に対しても、特に女性に対してはそんな熱いまなざしを向けたことはなかった。だから、教室の中のざわめきに少しだけ不審なものが混じるのも当然だろう。


窺うような視線をアリィシアに向けてくる生徒も何人かいて、そのどれもに公爵令嬢として受けた教育の全てを総動員して微笑みを返す。己のプライドにかけて、心の中を悟らせるような、動揺した顔など決して見せたくはなかった。


数か月前にこの世界に迷い込んだノゾミ・リンドウは王家の客人となり、卒業までのあと一年間ではあるが、このクラスに編入してきた。編入試験の成績は優秀でこの学園のトップレベルである。魔法学については経験がないため不安定ではあるが、魔力量は十年に一人いるかいないかの才能で……担任の説明に、心の中でため息をつく。つまり、非の打ち所がないヒロインなのだ、彼女は。


アリィシアは、公爵家の中でも格式の高い筆頭四家の令嬢として、小さいころから高度な教育を受けてきた。それでも、生来の要領の悪さから相当な努力をしてようやく学年10番以内というところだ。同じ教師に習ってきたランスロットは学年1位の座を誰にも譲ったことがない。


自分がさして優秀でもない自覚があるアリィシアには、ノゾミはとんでもなく痛い存在だった。

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