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門を抜け、国に入った二人と一匹を待ち受けていたのは、無気力さと怒りと興奮が漂う空気でした。
その奇妙な空気感の中、不安そうに辺りを見回すフォールとは対照的に、里では見たこともない建物を興味津々にリッタは見回しており、そんな姿に周囲からは視線が注がれていました。
人々の視線は敵意でも暖かく見守るものでもなく、ただじっとその動向を観察しているものでした。
しかしリッタはそんなものを意に介さず、観光を楽しんでいます。
「フォールはどこか行きたいところある?俺はあの大きい城とか見てみたい」
「え?あっちの食べ物屋さんとか」
そんなリッタの空気に当てられてフォールも落ち着きを取り戻し、空腹を感じ始めていました。けれど今まで貨幣を必要としない環境で暮らしていた二人は、関所で言ったようにお金を持っていませんでした。
そんな二人が物欲しそうな顔で露店に売っている商品を見ても、やじが飛んできても露店の店主は無料で譲ることはありませんが、それも当然のことです。
「すまねえなぁ。こっちも商売なんだよ」
「値上げしといてよく言うよ」
しかし、そんなところに絶妙なタイミングでやってきた胡散臭い男が店主に声をかけたのです。
「店主、そのガレットを二人にあげてくれ。料金は私が支払おう」
「レ、レオーヌ様!?承知いたしました」
タイミングがよく作為的なものを感じますが、どうやら二人は権力者に恩を売られたようです。
「どうも、旅のお方。君達はどこから来たんだ?北東の関所から来たと聞いたが」
「私達は森にある里から来ました」
レオーヌと呼ばれていた貴族らしき男はその返事に少し考えこんでから、険しい顔をして言いました。
「そうか。それならば君達は一刻も早くこの国から出た方がいい」
しかしそんな警告がより一層、二人の好奇心を刺激します。
「君達を信じて言うが、今この国はいい状況とは言えない。その権利を神より賜りしものだと主張する王族の権力の濫用によって、少なくない国民が被害を受けている。この国とは無関係な君達が巻き込まれることを、私はもちろんこの国の多くの民が望んでいない。だから君達のためにも早く出て行くことを勧めるよ」
そしてその言葉が最後の一押しとなりました。自己犠牲の精神が強いフォールも、人を見捨てることが苦手なリッタも、そんな話を聞いてこの国から去る選択肢を取ることはありません。
「私達に何か手伝えることはありませんか?」
「俺達にもできることはある?」
二人の返事にレオーヌは上手く行き過ぎたことに少し驚き、そして笑いを堪えながら話を続けました。
「そこまで言うのなら私にはもう止められない。一度しか言わないからよく聞いてくれ。あの十字路を左に曲がり、一分ほど歩いたら右手にあるラビレデフレーという名前の酒場でこう注文するんだ。『炭焼きのパスタ、レオーヌ風で』そうすれば君達は苦しんでいる民の助けになれる」
「ありがとうございました」
「ありがとう」
感謝の言葉とともにレオーヌと別れた二人は、言われた通りに酒場を目指して進みます。
初対面の人間の言葉を簡単に鵜呑みにしているそんな二人の様子を見て、狼は溜め息を吐きました。