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最終章・前編

 二人は懐かしい故郷に存在するわずかな違和感の正体を探っていました。見知らぬ里の民、見慣れぬ建物、見慣れた風景、懐かしい森の香り、懐かしい動物達の鳴き声。考えれば考えるほど、未視感と既視感が入り混じった奇妙な感覚に襲われ、二人は答えを出せずにいました。

「ルディ様、ここは本当に私達が暮らしていた森なのですか?」

「お前達の生まれ育った森だ」

「本当ですか?たった数年でこれほどまでに人も建物も変化するものですか?」

「うむ。お前達の生まれた森だが、異なる里だ」

 郷愁を感じていたせいで気が付かなかった単純な答えを聞いて、二人の違和感はようやく解消されました。

「つまり近くには、俺達が生まれ育った里もあるんだよね?」

「うむ、存在する」

「そうだよね」

 自分達が故郷のすぐ近くにいるという事実に、二人の胸はいっぱいになりました。旅の途中で何度も思い出していた故郷のこと、家族のこと、それから、思い出したくもないような恐ろしい出来事、様々な思いが頭の中で入り乱れ、故郷に帰りたいのか帰りたくないのか、近くにあるだけで嬉しいのか恐ろしいのか、自分達の感情が理解できず、確かなことは、とにかく懐かしいという気持ちだけでした。

「いつまで遠巻きに眺めるつもりだ。早く向かえばよかろう」

 しばらく躊躇していた二人は、狼に促されて何とか意を決すると、ゆっくりと里に向かって歩いて行きました。無事に里の中に入った二人はそこに暮らしていたエルフ達によって怪訝な表情を向けられましたが、二人が同じ種族であることや、狼を連れていることを認識すると、だんだんと二人のことを歓迎する雰囲気が流れました。そのおかげで、二人はこの里に滞在することを許されるのでした。


 滞在を始めてから最初の数日間は、どこに行っても質問の嵐でした。その大半は二人の旅路に関する質問で、どこを訪れたのか、どのような人々と出会ったのか、どのような出来事が最も思い出に残っているのか、など旅に関する質問でした。二人はそれらの質問に対して、自分達の道程をなぞるように思い出しながら、丁寧に答えるのでした。

 そうやって語られた二人の旅路の思い出は、聞く者皆を楽しませました。そんな二人が語る思い出話を通じて、二人を里の一員として受け入れる者が増え、それと同時に、二人にとっての知り合いや友達が増えるにつれて、この里で暮らしたいという思いが二人の中に芽生え始めました。

 しかし、それでも二人は決めあぐねていました。なぜなら、二人の心には後ろめたさが残っていたからです。本当にこの里に暮らしたいと思っているのか。この里を故郷と重ね合わせてしまっているのではないか。もしそうなら、それはこの里の人達に失礼だという思いが、二人をあと一歩のところで踏みとどまらせていました。

 そこで、二人はこの里に暮らすエルフに質問されたときにしたように、自分達でも旅路を振り返ってみることにしました。

「私達って本当にいろいろなところを旅したよね」

「そうだね」

「最初は里に帰ったら殺される、って言われたから逃げるように始めた旅だったけれど、私は楽しかった」

「そういえばそんなきっかけだったね」

「ね。それで最初に行った国では、平和な暮らしを守るための戦いに参加したね」

「そうだったね。いろんな人と会って一緒に戦って、俺もあれくらい大事に思える場所に暮らしたいと思ったよ」

「それから、ドワーフの人達の国にはオドレイさんと一緒に行ったよね。髭を大事に思う価値観とか、色々な価値観があったよね」

「そうだった、そうだった。その影響で、理解できる価値観があるとこで暮らしたいと思ったもん。だからあの宗教が根付いているとこは、無理そうだったかな」

「あそこは聖女神教を信仰していないと暮らし辛かっただろうね。それから、次に行った馬人種の集落は変わった家だったけど、家族で一緒に暮らすことを大事にしているのは一緒だったね」

「離れて暮らしていても家族だってことは変わらない。だっけ?その言葉で、親父やおふくろにも会いたくなったなぁ。それから、人魚にも会ったよね」

「クラシベスさん、お子さんは出来たのかな?一緒に暮らす子供に精一杯愛情を注ぎたい、素敵な人だったよね。それから…そうだ、筒川村。あそこはどんな良いところがあったのかな」

「気になるなら、また行けばいいよ。それで、あまりいい思い出のない場所もあった」

「そうだね。あの兄妹には生きていて欲しい。私は願うことしかできないから。…それから、リッタは魔王とも仲良くなったりしたよね」

「魔族の平和な暮らしを守るために人間を滅ぼそうとしてたアザゼルさんの考え方は正しかったのかね」

 振り返ってみると本当にいろいろな場所に行き、いろいろな考えに触れ、そしていろいろな人達に出会ってきました。その思い出を振り返ってリッタが思ったのは、ほとんどの人達が暮らす場所についてそこまで難しく考えていなかったかもしれないということでした。

「難しく考えなくてもいいのかもね」

「どういうこと?」

「今までに出会った人達は、暮らす場所だから守るとか、価値観が好きだからそこに暮らすとか、宗教的に大事な場所だから暮らすとか、家族がいるから暮らすとか、結婚して旦那さんと一緒に居たいか陸で暮らすようになったとか、暮らしている人にしかわからない良い面があるとか、魔王を尊敬しているから暮らすとか、いろんな理由だったじゃん。だからさ、故郷に近くて暮らし慣れているから、故郷に近くて家族に会えそうだから、なんて理由がきっかけでも良いんじゃない?少しずつでも、ここを大事に思えるようになることが大事なんだよ」

 旅の途中、故郷の思い出が二人のことを支えてくれたように、今度は旅の思い出に支えられたリッタは、この地への思いをより強いものとしました。

「だから、フォールも旅を終わらせていいんじゃないかな。逃げるように旅を続けなくっても」

「…正直に言って、私はリッタほど故郷に良い思い出を持っているわけじゃない。けれど、ずっとお母さんとお父さんに謝りたかった。私のことでいつも心配かけてごめんねって。

 けれど、私の中には後悔があるの。ドワーフの王様があの国で暮らす人達のために自己犠牲を払っていたみたいに、里のため、あの兄妹を救うために命を懸けるべきだったと思うこともあるの」

「…」

 どちらも自分が余計なことをしてフォールの覚悟を踏みにじった行為だと感じたリッタは、彼女の後悔を慰める言葉を何も持たず、ただじっとフォールの言葉の続きを待ちました。

「…だからといって、いつまでも後悔はしていたくない。リッタが私を助けてくれたみたいに、私も身近な人を助けたい。それに、人を助けることに規模が大きいからすごいとか、一人しか助けていないからすごくないとか、そんなことないと思う。だから、いつかお母さんとお父さんに会える日がやってくることを願って、私達を受け入れてくれたこの里の人達に恩を返すために、私もここで暮らしたい」

「それって?」

「うん。私も、リッタと一緒にこの森で暮らしたい」

 こうして、長かった二人の終の棲家を探す旅もようやく終わりを迎えました。

「お前達が暮らしたいと思うのは勝手だが、この里に暮らすことを許すかどうかを決めるのは、お前達ではなくこの里の長であろう。勝手に出て行くことは出来たが、勝手に入れはしない」

 最後に、狼の水を差すような正論に顔を見合わせた二人は、思わず声をあげて笑うのでした。

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