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東洋の島国

 村に入った二人と一匹を待ち受けていたのは、困窮した生活への不満や、未来への希望など、異なる様々な感情が入り混じった空気でした。

 しかし、二人はその奇妙な空気感を気にすることなく村を見ており、そんな二人に対して村中の人々から視線が注がれていました。ただし、その視線は決して好意的なものではなく、どこか排他的なものや、狼を怪訝そうに見るもの、そしてフードを被る二人を訝しむものなど様々でした。二人はそれらの視線は意に介さず、そんなことよりも先ほどの声が何者なのかが気になっていました。

「先ほどの声は、どなたのものですか?」

「おいらさ。おいらはこいつの家に代々受け継がれている鋤さ」

「正確には鋤に取り付いている付喪神だ」

 まさか物が言葉を喋るなんて思わず、二人が驚いたことで鋤は嬉しそうな態度になりましたが、狼が人の言葉を話すことも同じくらいおかしいことだと思った二人は、すぐに平静を取り戻すのでした。しかし、そんな二人の態度の変化には気付かない鋤は嬉しそうに言葉を続けます。

「お、その物珍しそうな視線は久しぶり。この村に限らず、この国にはおいらみたいなのはたくさんいるから、きっとまた会うことになるのさ」

「まあ、こんなにうるせえのはこいつくらいだがな」

「あー、ひどい」

 青年と鋤による軽妙なやり取りに思わず笑った二人を見た青年は、二人の気を引き締めさせるため真剣な表情で二人の方に向き直りました。

「それと、おめえ達は旅に来たみてえだが、時期が悪かったな。早く出てった方がいいぞ」

「何かあったのですか?」

「理由はいろいろあるが、米がどうにも不作なんだ。だからおめえ達をもてなすほどの余裕はねえ」

 二人は青年の言葉が事実かどうかを確かめるために村を見て回りましたが、その言葉通りに村の状況は芳しくありませんでした。村に存在するほとんどの田畑は痩せ細り、明日を生きるための米でさえ不十分で、暮らす人々の多くがやつれ、人々は空腹に喘いでいました。しかし、そんな苦しい状況であるにも関わらず、人々の瞳に希望が存在していることは、二人にとって不思議でなりませんでした。これまでに二人が訪れた場所では感じたことが無い奇妙さに、二人とも不安な気持ちに襲われてましたが、それでも苦境の中にいる村を心配していました。

「この村は大丈夫なのですか?」

「おいら達の暮らしのことかい?それはあまり良くないから、みんな何とかなるのを願っているのさ」

「そんだけじゃ伝わらん。夏場にあまり暑くならなかったことや、長雨のせいだったり、色んな理由で稲や麦があまりできねかった。そんで年貢を納めたらろくに手元には残らず、飢えた人達が米屋を襲ったり、とにかく苦しい状況に陥ったんだ」

 鋤の返事を不十分だと思った青年は、苦しい表情で村の窮状を詳しく説明した後に、その表情を明るいものに一変させると未来への希望を語り始めます。

「既になんとかするために隣村の奴らが藩主様に直訴さ起こしたんだが、そん時は藩主様の心が広かったおかげでお咎めはなかったらしい。そんで、もしも藩主様がその訴えを聞き届けてくれたら、おら達の暮らしも少しはよくなるかもしれねえ。今は苦しいかもしれんけど、藩主様にはお狐様がお憑きになっているらしいから、藩主様さえいてくれたらきっと大丈夫だ」

 わざとらしい楽観的な説明を聞いた二人は、彼らが明るく振る舞う理由を理解し、この村に少しでも貢献する方法を考えていました。


「そういえば自己紹介ってまだだっけ?俺はリッタ、こっちの狼はルディ」

「私はフォールです。あなた達のお名前は?」

「俺はサクベエ」

「おいらは鋤の助」

「それでおめえ達は何のためにこの村に?」

 お互いの名前すら知らないことを思い出し、自己紹介も済ませたところで、今度はサクベエが村にとって異物である二人の目的を探るために質問をしてきました。鋭く見つめらた二人は、少し息苦しさを感じながら返事をします。

「暮らす場所を探しているんです」

「そうか。それなら、おめえ達はこの村に暮らしたいとは思ってねえだろ」

「そんなことは…」

 悲観的な返事を否定することもできない二人は、口を噤み気まずそうに過ごすことしかできませんでした。実際のところ、村の悪い面ばかり見たせいで、お世辞にも暮らしたい場所だとは思っていませんでした。


 そうしているうちに、気が付くと日は落ちて辺りは暗くなっていました。

「とにかく早く出てった方がいいぞ。巻き込まれるかもしれねえからな」

「それって…」

「とりあえず今日は泊まって、明日にでも出てけ」

「そうだね。今日のところは、さっき見つけた宿屋に泊まろっか」

 早く出ていこうにも、夜間に出発することの危険性を認識している二人は、少なくとも、もう一日この村に滞在せざる得ませんでした。

「すみません、二人と一匹で宿泊をお願いします」

 サクベエ達と別れた後に二人が訪れた旅籠屋は閑散としており、狼を泊めることにも反対せず、それどころか久しぶりの客人を珍しそうに見てくるのでした。その視線から逃げるようにして泊まる部屋に向かった二人は、村について感じたことを話し合っていました。

「ここにいる人達はみんな苦しそうだね」

 リッタの言葉通り、村に暮らしているほとんどの人が苦しんでおり、そんな人々を見た二人は、少しでもこの村のために出来ることがしたいと考えていました。

「せめて、干し肉や、魚の干物はお裾分けしようかな」

 自分達に出来ることを色々と考えた結果、過剰に干渉しない案がリッタの口から出ました。すぐに去るであろう自分達はあまり干渉するべきではないと考えたため、消極的な提案がなされたのでした。

「他にできることはあると思う?」

「耕作に詳しくない俺達がいても食糧問題も解決できないし、、あの時みたいに革命を手伝うのも正直気は進まない。そんな大したことは出来ないかもしれないからこそ、俺達に出来ることを、どんな小さなことでもしたいね」

 村の悪い面ばかりを見たせいで、滞在初日なのにこの村で暮らしたいと思えず、立ち去る前にこの村を少しでもよくするために出来ることを話し合っていた二人は、気が付くと眠りについていました。


 その翌日、リッタの提案で二人は再びサクベエと鋤の助に会いに行っていました。会いに行った目的は、サクベエの言葉の意味を確かめるためでした。巻き込まれるとはどういう意味なのか、この村で争いが起ころうとしているのか、と。

「ねえ、昨日の話って、偉い人達と戦うつもりだってこと?」

「…藩主様は未だに行動さ起こしてくれねえ」

 リッタの質問に対するサクベエの返答からは、村に暮らす人々の思いが伝わってきました。どれほど悩んでその結論に至ったのかを知らない二人が他の方法を考えても、それ以上に良い案を思い付くことは出来ません。

「けれど、多くの人を殺すかもしれないし、自分が死ぬかもしれない。怖くないの?」

 リッタにとって戦うことは、殺し殺されること。未だに首を切り落とした感触が手に残っているリッタは、思い留まってもらえるように言葉を発しましたが、リッタの言葉がサクベエの決意を揺るがすことはありませんでした。

「おめえ達、よく聞け。藩主様が行動に移してくれないせいでこの村は苦しんでいる。恨んでいる、というほど敵意を抱いているわけではねえが、藩主様のせいで少なくない犠牲が出ている以上、責任を取らせるしかねえんだ」

「そう、なのかもね」

 サクベエの意見を聞いたリッタは、強く言い返せませんでしたが、心からは納得していませんでした。

「納得がいかないのもわかるのさ。だけど、こいつにも引けない理由ってもんがあるんだよ」

「おい!」

 リッタの納得していない様子を見て思わず言葉を漏らしてしまった鋤を怒鳴りつけた後に、サクベエは一度大きくため息を吐くと仕方なく語り始めました。

「面白えもんじゃねえから言いたくなかったのに。おらはただ、親父の行動を伝えて、それが間違っていたのかどうかを藩主様に聞きてえんだ。食料がねえなら種を食えばよかったのに、来年のためだとか言って食わねかったせいで親父は餓死した。それなのに、村の奴らは親父の行動を正しいなんて言うんだ。だけど、おらはそうは思わねえ。だから藩主様に聞きに行くんだ」

 その言葉には亡くなった父への怒り、肉親を亡くしたことへの悲しみが込められていました。

「その過程で自身や知人が亡くなることは、怖くないのですか?」

 フォールにとって戦うことは、人が亡くなるかもしれないこと。自分自身が亡くなること、残される人のことを考えると、どうしようもなく怖くなってしまうのでした。

「一揆が原因で処罰されようとも、村の皆を守るためなら怖くはねえ。それに、お袋やオタキも仕方ねえことだって理解してくれるし、俺のことを誇りに思ってくれる。悼んでくれる」

 サクベエの悲壮な覚悟を聞いたフォールは、オドレイのことを思い出していました。

「残された側は、そんな簡単に割り切れません」

「他に道がねえことは、いつかわかってくれる」

 しかし、フォールの言葉もサクベエの意志を揺るがすことは出来ませんでした。

「こんなこと言っても説得力がねえかもしれねえな。おめえ達は悪い部分ばっかり見たかもしれねえけど、この村には良いところも沢山ある。だから、おらはこの村のためだったら、命をかけられんだ」

 二人は意識していませんでしたが、この村もまた誰かにとっての大切な暮らす場所。当たり前の事実でしたが、サクベエの言葉によってようやく気が付きました。

「ごめん。余計な口出しだった」

「別に構わねえ」

 自分達の立場でしか考えていなかった二人は、様々な立場があるという事実を失念していたことを反省し、しっかりとそのことを胸に刻むのでした。

「それに、命婦様がいらっしゃるのにこんなことになってるのはおかしいのさ。何かきな臭いから、それを確かめにも行きたいのさ」

 意味深な鋤の助の言葉を最後に、会話は途切れるのでした。


 その後、二人はサクベエ以外の村人達の意思を確認するために、改めて話を聞いてまわりました。その際に二人が気付いたことは、皆一様に、隣村による直訴、またはサクベエ達の一揆によって状況が改善するかもしれないという希望を抱いていることでした。

 平時なら協調性があるとも思える気質は、差し迫った現状では同調することを強制する排他的な気質のように、欠点のようにすら思えてしまうのでした。

 村人達の意思が固いことを確認した二人は、暮らす場所を守るための戦いである以上、これ以上は何も口出ししないことに決め、彼らの無事を祈ります。

「できることなら少しでも犠牲になる人が少なくあって欲しい。きれいごとかもしれないけど、犠牲になる人や残される人のことを思うと辛いから」

「そうだね。俺達にできるのは、無事を祈ることくらいかもね」

 口出ししないと決めても、村人達の意見を受け入れられない自分達が間違っているのか、頑なに意見を変えようとしない村人達が間違っているのか、そう簡単に判断することは出来ませんでした。


 それから、二人は旅立つ前に自分達に出来る精一杯のこととして、食糧難に苦しむ村人達に干し肉や魚の干物をお裾分けしていました。

 もちろん、二人の親切心に感謝を述べる者もいた一方で、何人かの村人は稲や麦でなかったことに対して不満を露わにしました。そのことに二人とも傷付きましたが、あくまでも不満を述べたのは一部の者、複数の人がいれば様々な意見が出ることは当然のことだと納得するしかありませんでした。

 これまでに訪れた地では、良い面や悪い面、興味深い面や興味が湧かない面など、様々な面を見出してきたのに、この村ではあまりにも悪い面ばかりを見つけてしまったことに対して、フォールは罪悪感を抱いていました。

「こんな時に来なかったら、悪い面ではなく、良い面を見つけられたのかな」

「そうだけど、悪い面ってのは必ずあるんだろうから、そういった面も受け入れないといけないのかもね」

 一方で、リッタは暮らす場所には良い面や悪い面など、様々な面があるという当たり前の事実について、しっかりと考えるのでした。

「俺達の故郷だってさ、野菜とか魚は美味しかったし空気も綺麗だったけど、今思えば閉鎖的だったりなんかよくわかんないのを信仰してたり、色々あったじゃん。その地で暮らすってことは、その全部、悪い面とも付き合っていくことなんだと俺は思うよ」

「よくわからないものとはなかなかに失礼だ」

 二人は今後暮らしていく地の様々な面を受け入れようとする決意を固め、これ以上、村の食糧事情に負担をかけないため、旅立ちを決心するのでした。


 お裾分けを終え、村から旅立とうとしていた二人の出発の際には、サクベエと鋤の助が見送りに来てくれました。

「おめえ達にとってこの村にはあまり良い思い出があまりねえかもしれねえ。けれどいろいろと落ち着いたらまた来てくれ。普段の筒川村には、ほんとにいいところがたくさんあんだ」

「二人とも出発するなら早くした方がいいのさ。誰が言い出したのか、二人を藩主の間者と疑っている奴らがいて、二人のことを始末しようとしてる。おいら達は二人の人柄を知っているから疑っていないけれど、他の人達はそうではないのさ。だから二人ともどうか無事に逃げておくれ」

 サクベエによる再来を促す挨拶、鋤の助による注意を促す挨拶を聞き届けた二人と一匹は、逃げるようにして村から旅立つのでした。


 筒川村について考えながらも、二人は次の目的地について話し合っています。

「どうか無事に解決して欲しいな」

「まあ、そうだね。普段はどんな様子だったのかね」

「もっと穏やかで楽しい場所だったのかな」

「そうだといいね」

「うん。…それで次に向かう場所についてなのですけれど、この島より東の海に出ると世界の端にたどり着くと言われたのですが、ルディ様、それは本当なのですか?」

「行けばわかる」

「まさか、また舟に乗ることにならない?まさかね」

「もちろん乗るよ」

「ああ」

 こうして次の目的地は具体的に決まっていませんが、旅を通じて新しい考え方などを手にした二人と一匹の旅はもう少しだけ続きます。

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